部活動のない朝。
誰も知らない、ひとりとひとりの思い出を閉じ込めた屋上が、陽光に浮かび上がる朝。
月日は流れ、ふたりの思い出が溢れた屋上が、朝露に濡れる朝。冬が迫る張り詰めた空気をふたりで迎えるだろう朝。
「おはよーさ」
「…おう、はよ」
屋上の隅のフェンスから街を見下ろす影が振り向いて、言葉少なくに応じる今。強がりも愛しさも、昨日の今日で照れ臭い。赤く染まる発の頬は、紅潮かあかぎれか。──あの頃から幾分シャープになったその顎先。真っ赤なインクを落としたような天化の鼻先がむず痒い。──あの頃から僅かに深く濃くなった顔の陰影。
重ねた月日はふたりで同じ。
取り合いかけた指先と求めかけた唇に、まるで示し合わせたように深呼吸して距離を取る。あの頃より、少しだけ憎たらしくなくなって、誇らしくなった存在は、今日も教えてくれているんだ。
手を取ることの恐怖と逃避を。二本の足の、本当の彼らの生命力を。
盟友?恋人?オトモダチ?
「眠れたかい?」
「まあな」
「ん。……じゃ、ま…いっちょ、行ってくるべ」
「おう」
答えが出ずに重なった拳が、きっと今は何よりの二人の答えになったろう。
鼓舞するように揶揄するように、じゃれるように叱咤するように重ねた拳。コツンと鳴れば、成長過程の指の合間の陽光が漏れる。8ミリ映画の映写機が、気恥ずかしい青春を捉えて映して褪せないように。きらきら、きらきら、埃舞う地で二人を照らす。
「っ…天化ー!っと…頑張れ!!頑張れよ、アホーっ!」
背中から飛んできたいかにもらしい声援に、天高く拳を掲げ、桜の日の咥え煙草の不良男児は階段に消えた。