涙雨の決戦前夜(2/3)




──どうしよう。どうしよう。



どうすりゃいいさ!




まさかとは思った。あと数歩に迫った道場の入り口に立ち尽くし、天化の口は一文字に結ばれる。
舞い上がる埃と太陽の匂い。近付いた冬の足音。汗と涙の結晶が此処にはある。そんな清々しい秋晴れの10月。自分より早く道場にいる発を見付ける日が来るとは思わなかった…じゃない。そんな場合じゃないこれは人生最大級の危機であるエマージェンシー助けて下さいもうしません!
ありとあらゆる思考が溢れて、思わず体に火がついた。顔に火がつくだけならまだマシだ。身体が燃えて動かない。

どうしようどうしよう、なんだって自分はアンナコトをしたんだ。

"いとしいひと。"

そう名付けた筈の人が、凛と胴着に身を包み、粛々と竹刀の手入れをしている朝7時。胸が高鳴らない訳がない。なのに脳裏を乱舞するのは、未だに消えないワインのパンツ。
どう考えても夕べの所為だ。アンナコトに勤しんだ指が照れて焦れる。叫びたい。

「うん?お、ナニ?オナ…」
「──うッ、わ゙あ゙あ゙あ゙あ゙やめるさ韋護!!!黙ッ、…!!」
知ってか知らずかお見通し。呼ばれてないのに飛び出した。そんな背後から小声でからかう韋護を叩く余裕もない。振り回した腕はあっさり優しく掴まれて、
「だーいじょうぶだってぇの、青いなぁあんたもアイツも」
曰く"恋すりゃ誰でも通る道"。天化は誰より真っ赤に染まる。

三歩進んで一歩後退、二歩後退。道場まではマイナスだ。恥ずかしくて顔なんか見られない。

「……なんだよ、天化…」
今度は韋護と?だなんて、手拭いで髪を纏める渦中の人が、口を尖らせたのも知らないままに。

「身が入らないなら今日は朝も放課後も道場の掃除にしようか」

微かに目尻をつり上げた楊ゼンの声が響いたのは、それから2分のことだった。


いつもなら雄々しく凛々しい音が響く道場も、三者面談を前にしんと静かだ。野球部の応援歌もフォークソング部精一杯のがなり声も、なんの音も聴こえない。部活休止期間なんてこんなものだ。憂鬱なテストや憂鬱な保護者会に苛まれる沈黙の青少年の汗と涙の部活動。

時代の中、取り残された剣道部。体育館の倉庫に詰め込まれた発が積もりに積もった埃を払う。道場の床を徹底的に雑巾がけしているのは天化。きっと一番体力を使う場所を得意満面引き受けたのだ。一本傷は笑ってる。

「俺…なんか避けられてねぇか…」

5分を待たずに真っ黒に染まった雑巾片手に丸まった体操用マットに脚を投げ出して、こっそり独りのため息ひとつ。発の眉間は怒り以上に悲しげだった。

とても理由を訊ねる勇気は出ない。バサバサ。バサバサ。一斉に鳥が飛び立つ音に似た、日に焼けた部誌を捲る風の音。その瞬間だ。

「ぅ゙あ゙だっ!!!!」

黒い紐で括られたオレンジ色の部誌の角が

「痛ッ──っっんだよこれぇ!!片付けろアホッ!!──っ…って…」

発の眉間へダイブした。

バサバサと、鳥の旅立つ音がする。

「なんだこれ」

遠くへ遠くへ、

「……おれと、」

遠くへ巣立つ音。

「てん、か……?」

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