ふわふわ、夢心地で寂しくて。身体がふっと波打つシーツの海に沈んだ瞬間。
「おう、天化ァ!!」
伸ばした震える指先が掴んだのは、あの細くてチャラチャラの指の筈だった、のに。鼓膜を揺らしたのはしわがれた寝起きの父の声だ。きっと無精髭を擦ってる。微睡む天化の瞼が迷う数秒間。泥のようなふわふわからはっと息を吹き替えした。──朝、だ。
「三者面談、14日の最後なら行ける。そう太公望殿に伝えといてくれ。」
「……んーぅー……わーったさぁー…」
「おう。んじゃ行ってくらー!晩は頼むぜ」
「あぁーい……」
たったそれだけの力強さと寝惚け眼の会話はドア越しで。初夏の頃は無遠慮に部屋に踏み込んだ父が、背を正して三度ノックをしたらしいこと。
去り際に残した、"頑張ってるな"の魔法の呪文。
むず痒くて誇らしくて、タオルケットを頭まで被った。
「……ッ…!!うへぇっ…」
その瞬間、自慰の真っ白な化石がこびりついた身体にヘキエキして身震いひとつ。パリパリの腹筋とどろどろの両手に沸騰する羞恥心、なんだかわからない誇らしさ、付け足す、
「……あり?俺っちセンセの名前書いたっけ…」
疑問もあったとか。
ま、いいさ。それも天化の得意な呪文。唱えたらさあ、新しい朝が来た!
どろどろのシーツをひっぺがして丸めて、天祥避けをどうするか。猥雑な問題は今日も天化を待っている、煩わしくてくすぐったい特別なことなんだから。
じゅわっと鳴いたフライパンと卵白たち。跳ねる油と水の玉。目玉焼きになる筈だった朝食たちは、スクランブルエッグに落ち着いた。
「あーぁあ!…やっぱアイツじゃなきゃー…なぁ?」
返る言葉はないけれど、遮光カーテンが遮る秋の気配の真中で、発はフライパンを振っていた。上手くなんか出来っこない。そもそも目玉焼きはフライパンを振らなくても出来る食べ物だ。飲み込んだ"やってられっか!"の捨て台詞。いかにも不味そうな黒焦げに粉チーズとバジルを一振り。
「っし!いたぁきますっ」
そんな風に言うようになったのは誰の影響だったろう。
「発、いただきます、だよ」
「小兄様!食前のご挨拶はどうしたのですか!?」
「いただきます言わねぇヤツに食わす飯は作っちゃねぇさこの王サマー」
思い出す声たちは重なって、ぐる、と鳴りかけた腹痛の合図が、温かいスクランブルエッグとカフェオレに手を取られて眠りについた。久々に軽い身体と心の内に、少しだけ目尻が下がって恥ずかしい。
そう言えば。誰かさんたちと同じく挨拶にうるさい先生が託した小さな和紙の紙切れは、未だポケットで息をしている。暗号みたいなあの言葉が、もう少しで解けそうな気がしたんだ。
人生賭けたテスト終了のチャイムは、数日後に迫っていた。