じぶんだけ(2/2)




「おん?どーしたよお前さんまで」
「えっ、天化?」

発が振り返る早さを、韋護が上回った。それが少し悔しいのは、きっと韋護以外の二人同じ。バタバタ竹刀を投げ出しかけてから、慌ててもう一度キャッチしたのは発。
「ん?」
「あー…ちょっと、俺っちの竹刀折れちまって。休憩さ」
「は──折れたぁああ!?ケガねぇのかよっ!?おいっ…」
「んな大袈裟な……だいじょーぶさっ、」
「ダメだってアホ!ほら!指切ってんじゃねーかよぉぉぉ!!」
ほらやっぱり、この狼狽える笑顔の前では元気な自分に戻れることも、
「大丈夫さ!へー、」
「……ってもよう、それ、オヤジさんのじゃねぇのか」
「――……き」
弱い自分に直面することも、
「うん。……もうへーきさ。俺っちも王サマ見習って自分の竹刀買うかね。バイト代入ったらよ」
「そか?おし!んじゃ俺もカーンパっと!」
こんな風に笑い飛ばせることも、自分にだけ向けられる笑顔が今は一番嬉しいだとか。考えながら、楊ゼンの顔がチラついた。自分にだけは厳しい笑顔。地を這うような声だった。おそらく、たぶん、きっと。何か気に障ることをしたのだろうかと、考えるには余裕がない。考えてみたって、さしあたって覚えはない。
出る杭は打たれるなんて言葉があったっけとか、期待している者を叱るのは当然だとか、そんなことを言った人がいたっけ。あれ、それは、
「センセだっけ、それ言ったの」
「はぁ?なんだそれ」
「あーっと……期待してるから俺っちに厳しくすんの当たり前ってさ。うちのセンセーだっけ」
「さぁ」
首をかしげる猫背の前で、韋護がククッと喉を鳴らして帽子を被る。
「ま・人生いろいろ男もいろいろってトコだなぁ?お前らならわかんだろ。そゆことよ」
「お前の例えっていつもわかんねぇ」
ちっとも訳はわからないまま、もう一度かかった打ち込みの号令。

発の左手が下腹を撫でたこと。気が付いたのはさて何人?

右手を回して握った拳が震えてるのは、天化だけの秘密にした。
かじかむにはまだ早い気候。指先と喉元につっかえて震える言葉は、良くわからないまま言えそうもない。背中に感じる発の足音、打ち込みの音。竹刀を抱いて後にした。



「まーぁ、アイツに良く似た顔と闘争心で突っ込んでこられて、冷静でいろってのも……」
韋護の嘲る小さな声は、打ち込みに紛れて消えたんだろうか――また、

「酷な話だよなぁ……」

今日も雨降りだ。


end.

2012/08/03

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