誰の言葉で(2/2)




「"さて、それは誰の言葉で?"このラスト一文、問いかけの意図を含んだだんら──っどぇっくしゃぁぁあい!!ニッきし!!」
「うわスゲーくしゃみ!」
リフレインする地を這うように低い楊ゼンの声が、1時間目の退屈をさらってくれてはいた。

「センセ、風邪さ?」
「んじゃぁ授業やめて休んでろよ?レッツゴー保健室!中止!」
「8番9番、廊下に立っとれダアホ」
くしゃみひとつで中止を騒ぎ立てる横並びの声に、幼顔の担任が前髪をくしゃりと混ぜた。どこまで読んだかのう、とつけ足して、くしゃみの名残の赤い目が、手元の文字を追いかける。指し棒をくるくる回すのは、思考を纏めるときの癖らしいこと。それは発がクラスに広めた予防線だった。

"棒回し始めたら、次は誰か目が合ったヤツ指すぜ。しかもいきなり無理難題レベル"

当然だろう。にわかに俯き出す群衆の中で、とうとう天化も頭を垂れた。首が傾いたのは、
「……太公望?なぁ、マジで具合わりーんじゃねぇか」
「……えーい面倒臭い!発、含んだ段落を全文読め!」
「え、おっ、俺ェ!?」
夏の間に声が低くなった発、たった一人だったとか。

ヘンな感だけ鋭くなりおって──呟きが聞こえたとか聞こえないとか。次は発がくしゃみした。


「おじゃーしあーすー…う、嘘です"失礼します"!!」
「どうぞ」

保健室の戸が開いたのは、それから2時間後だった。どうしたの?と傾く首に、ぺたんこの上履きがどっかり長椅子に腰を落とした。
「腹痛くて」
「そう。それで、ベッドで寝たいのかな。空いてるよ」
「え?えーあー…いや、寝なくていいから」
「うん」
「……少し休みたい、です」
「わかった。"よく言えました"、姫発」

傾く首の前で、不思議な問診は終わる。確かに、たった一言"失礼します"を言えたのは、今日が初めてだったっけ。そう言えば、丁寧語を取って付けたのもだ。
如何せん頭の上がらないこの場所で、今度は机に突っ伏した。鼻を擽る菊の香りに、発の眉が強く寄る。
「利用カード書ける?落ち着いたらでいいけど。熱も測ってね」
柔和なようで押しの強い声と口振りに、またもや発の眉が寄る。
確か、そんな喋り方の人物をよく知っていた筈だ。声の高さは、
「……あの」
「うん?なに?」
「菊花茶、……よけー、匂いで気持ちわりーんすけど。窓開けてもいっすか」
似ても似つかないけど。無言で微笑む外跳ねの癖毛に、机の上で小さく会釈した。
「……家族がすげぇ好きで、それ。家ん中も、帰ると昔っからもうずっとその匂いが」
「お父さんとは、休みの間に話はした?」
合った目がぱちくり瞬いて、
「ん?どうしたの?」
「あ゙?いや、あ?」
──菊花茶を、飲むのが父だと言ったっけ?──発の額が机を擦る。言葉にならない声をいくつも発しながら、額が擦りきれそうだった。なにを考えるべきか、それがすっかり纏まらない。
そうか、姫グループの頭の菊花茶好きは、会報誌やweb広報に載ったんだっけ?発の額が擦りきれる。朝とは違う音で、上履きと床が悲鳴を上げた。
「一瞬…ぐらい、ちょっとは。電話だけ」
「そう、よかった。一人暮らしだから安心したよね」
自分が?父が?誰が?
「……まぁ」
誰が?
考えられないまま、不思議と瞼が下りてきて、
「……安心かどうかわかんねぇけど……どーせ親父は心配しねぇし。……涙、とか、出たり……わかんねぇ」

呟きながら眠ったんだと思う。

「どうしてんだろ…親父…」

今更意地を張れない保健室は、思いの外居心地がいいらしい。癖になりそうなジャスミンの香りをつけ足して、少しあたたかな夢の中。やっぱり脚を引っ張る腹痛に、発の眉は寄りっぱなしで時間が過ぎた。

くしゃくしゃになった、三者面談のわら半紙は、まだゴミ箱に住んでいる。

キミが本当に言いたいことは、お腹痛い、じゃないでしょう?"

「よく言えました、発。」

end.

2012/04/08

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