溶けるオレンジ(2/3)




一口サイズの幸せは、こうも提供が難しいのか。頭を抱える教室の真ん中で、たったひとりの受付係もわら半紙片手に頭を捻る。
ケーキは無理、ジュースじゃ味気なさすぎる、綿あめは特殊でフードはすでに枠がいっぱい。気付けば短針が一歩進む。
「アイスはよ?」
「だからそれだけじゃ可愛くないわ」
「盛り付けででっちあげりゃいいじゃねぇか。プリンじゃ駄目だってのかよ?」
「それバケツで作れないの?」
「それじゃ本末転倒さ」
窓枠に暮れる寄り添う夏の雲に夕陽の色。夕日。ゆうひのいろ。
入道雲はもう出ない、そろそろ鱗雲の季節なのか。首を捻ってまた1時間。

「「………オレンジフロート」」

唇は生きていた。見合わせる目に宿るオレンジ。オレンジ、オレンジ。何処までも行ける気がしたあの日のオレンジ。胸の中で立ち漕ぎが走り出す日。

"オレンジフロート"

わら半紙の上に発のシャープペンが踊り出す。部活なんて今日はなしだ、
「なぁ!去年高等部と模擬店やったヤツいねぇ!?」
「部活で出した!」
「服どうするの?制服のまま?」
「届出書かなきゃいけないんじゃない?」
「それ内部経験者書いてくんねぇか!?外進組は文化祭本部……──」
出店まで10日を切ったオレンジ色の教室で、揃う全員が走り出す。ばっかやろう最初っからラストスパートだ!!


なんでこんなことしてるんだ。
そう思わないことはない。
そもそもこの半年そう思うことばかり転がって、脚が左右によろめいた。それでも不思議とふらつかない。よろつくとふらつくの違いってなんなんだろうなぁ、ぼやける目がわら半紙と担任を見詰めていた。

「フロート屋ぁ?」
「頼むっ!この通りっ!」

早くも過ぎた1日に、似合わないパソコンの前で身を屈めた童顔が、辞書の山の影で息をつく。当り前だろう。他のクラスの模擬店はすべて準備開始が7月だ。恐らく過去の定期考査の問題だろう紙の束を、丸めた片手に携えていた。わしの昼寝が、と呟いて。
「この後に提出書類だけでどれだけの数があるか知っとるかー」
「だからーぁ!頼むって!受付まで時間ねぇんだよー!」
押し黙る口に迫る口。どうしてこんなに必死なんだ?
それは双方が思うこと。
「うむ、……このメイド服の異装許可願いの受理が今日中、クラス予算5万内の内、内装1万以内の出店費の算出、その算出用の出店許可願いに、」
指がみるみる二つに折れる。ふむ、うむ、まだあるらしい溜息も共に。
「模擬店ともなればクラス全員の健康診断希望が、保護者印と共に明日明後日だ」
「半分は終わってるぜ!」
「ぬっ…」
猛攻はとうとう折り返し6本目を食い止めた。
「俺らでできる半分は終わってるからさ!あとは担任の出店許可がねぇと動けねぇんだってば!!」
見開く目の前で加速したら止まらない。そんなことはとっくの昔に知っていて、オレンジが差し込む職員室の隅で紙の束が机を滑る。
「…な、せーんせ、ハンコちょーだい?」
「……可愛く言っても10日間ただですまぬぞ。とくにおぬしと天化の遅刻常習二人がなんとか」
「しないって!」
「提出できて許可がおりぬのが8割だ。足踏みの暇はないぞ」
「だいじょーぶ!」
「――毒見の後の味見はすべてわしを呼べ、よいなっ!」
「おう!」
返事と同時に駆け出した影の長さが秋の訪れを告げていた日。中庭に設置された文化祭本部に立ち寄りかけたその脚が、急ブレーキのち教室に踵を返す。待ちに待ってるフロート仲間の報告が先だ。歓声に包まれる教室が、5分後には走り出す。だからなんでフロートなんだろう?くすぐったいそれはずっと大事に抱きかかえたまま。



アイスが高い!丸くならない、チョコの値段が尋常じゃない!プリンの上のフルーツが流れる、固定する生クリームがないからだ。そもそも綺麗なぷっちんが望めない。皿の厚みを高くすりゃいいんじゃねぇか、さっき物資班が発注しちまった!ばかやろー注文書取り返せ!
ポスターの締切が、いっそパンフに乗らないレアな店で、オレンジジュースが消えました!どうやって!一斗缶どこだ!ジュースが分離してるやばい氷も解け出した!

「……うん、食えなくはないさ」
「うむ、マズイ!文句なしに苦い!」

問題だらけの10日間、真ん中にいるのは終始その少し低い背だった。コップの中のドロドロのオレンジと白の溶け残りに頬を半壊させながら。
「……客を想うならオレンジ抹茶は出さぬが吉だと思うがの」
「チョコはイケるさ、ちゃんとリキュールみてぇ」
「"文化祭らしさ"でゆくならギリギリの線かのう」
何故リキュールを知ってるか。言いかけて息を飲む夜の教室で、漸く完成を見たオレンジフロートとセットの丸皿上のプリンたち。
「天化!ひとつ口直しにピーチフロートを」
「センセーさっき食ったろ!何杯目さ!」
添えた餡子は担任好みのご愛嬌。全てのアイスをくり貫き続けた両腕が隠れて震えているのは、発だけが知っていた。
「明日のアイス受取班が9時だ!遅刻厳禁だぜ!」
「発ちゃんがな!」



合わせた拳で歩道に落ちる灯を踏む。驚く真っ赤なその隣。

「腕。ほら、かせよ」
「……なんでもねぇさ、これぐらい」
「駄目だって、ほら」

高い背が奪ってふたつ重ねた学生鞄に、少し膨れた天化の目が細くなるのをただ見ていた。
「ん」
帰り道は眠気と疲労と下心との戦いだ。10日ぶりのキスを目論んで掴んみかけた肩は、まだ震えてたから。無言でふたつの鞄は進む。
明日な、ああうん、相変わらず会話はなくなる。二人になると。走り出した悪戯みたいなフロート屋。背筋を走るゾクゾクがあって、好戦的に笑う口角だけは、互いの記憶に深く刻んだ。決戦は明日。もうあと明日と明後日だけだ。――たった10日で世界は変わるらしい。不意に訪れたどうしようもない焦燥と、重ねた震える指先だけが、秋の訪れを知っていた。

[ 2/3 ]



屋上目次 TOP
INDEX


[TOP 地図 連載 短編 off 日記 ]
- 発 天 途 上 郷 -



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -