さとごころ(4/4)




オレンジ色と入れ違いの月の射すベッドの上に張り付いて、洗い立ての髪を降る。水滴は炭の匂いと、もう汗の匂い。発の部屋にする筈がない木の匂い。手持ちぶさたな指先は、まるで待ち望んだみたいに受話器を取った。
天化からかけたことはないから、初めて知った。コールの音がJ-POPだなんて。ドキドキとドラム、ムズムズとギター。
「王サマー」
プツンと切れた流行りの音は、
『よ!なんだよー、天化ちゃんてばもうさみしんぼ?』
憎たらしい天の邪鬼を運んでくるらしい。思わず笑ってため息ひとつ。
「切るかんね」
『……あ゙ーもうチクショウどうだよ?やっぱ親父さん怒ってんのか』
「……んー、わかんねぇ。いなかったさ。多分まだ仕事か飲み屋」
『……そか。てんしょーは?喜んだろ?』
「んー、まぁね。二人で風呂入った。」
『なっ──んだよずりぃ!ずりぃ!!俺も入れろよ!一回も入ったことねぇじゃん!!』
「嫌さー。湯の温度合わねぇから」
『んだそれ、フツー怒るトコ違わねぇ?』
溢れる笑い声にたった数時間の懐かしさ。胸いっぱいに膨らんで、
「……なぁ、ちゃんと飯食った?食べなきゃだめさ」
『食った食った。炒飯。……ありがとな』
世話焼きの少年は大人になる。
「ん。よかった。眠れそうさ?うなされない?」
『……るせぇな、大丈夫だっつの』
「うるさくねぇさー。ちゃんとクーラーから離れなきゃだめだかんね」
『わかってら』
「今度会ったときガリガリんなってたら許さねぇから」
『二日でなるかよーもうっ』
「……だって。また倒れたらどうすんのさ。もう、俺っち運んでやれねぇのに」
『っと、なに素直?さみしんぼ?あーんやっぱ俺愛されてんなぁ!天化ー』
「っるっさい!ほら、子守唄歌ってやるから寝るさ!」
『ばーか、声聞いたら眠れねぇよ。泣く子起きるだろー。』
「ばっ…!」
『なぁお前のテレビ電話ついてねぇの?おやすみのちゅうしようぜちゅー!』
「ん──……っとに!もう!」

強くなりたい少年は、冷たい四角に口付ける。テレビ電話なんてついてない癖に。無機質なスピーカーにだいすきなちから──甘えん坊はどっちだ?
真っ赤な頬が飛び退いて、ベッドの上で息を潜める携帯電話を見下ろした。
まだ続くドキドキと、言い様のないムズムズと勇気と、体一杯の恥ずかしさに胸がいっぱい、捩れによじれて、
「あ゙ーーっもうもっかい風呂……っは」
はね除けて開け放つ戸の向こうに、目を細めた父の顔。
「おっ、オヤっ……!いつから聞いてたさバカ親父!!」
「……天化」
跳ね上がる心臓に歪む髭の跡にぶら下がったネクタイが、
「──よく帰った」
「………へ……」
桜の頃より嫌いじゃない。
天化に言わせればそう言うこと。見合わせた目が熱かった。混ぜ返される髪の毛は二人同じ炭の匂いで、
「それよりおめぇ、ついててやらなくていいのか」
「はっ?」
「その娘さん」
「いー……あー……いや」
早合点するのも親子で似ていて、
「なにかあったら飛んでくって約束して……ねぇけど別に。あったら行く。……から、へーきさ」
「こうやって、」
だいすきなちからは、
「大人になっちまうんだなぁ……」
きっといつまでも同じなんだと思う。


"本気で店を持ちてぇんなら、何があっても、そいつを命懸けで守れるだけの男になれよ"

そう聞いた日も、秋風が近付く晩夏だった。


「ただいま」

end.

夏休み編ピリオド。次回から二学期です。
2012/02/12

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