さとごころ(3/4)




新生黄家の台所には、234、順番に兄弟が詰まっていた。少しだけ腫れた目でお手伝いにはしゃぐ子も、そろそろ友人との電話の約束を気にするハニカミ顔の黒髪も。つられた天化の指も、こっそりポケットを確かめる。腰で履いたハーフパンツの片隅で、硬い黒の長方形。カツンと冷たい音がした。

"お父さんはおそいんだって"

そう告げる天祥が泣かなくなったのは、"天化にいさま"が出ていったからだと聞いた。
「"強くなんなきゃ、僕もにいさまみたいに武者修行に行くんだもん"、って、聞かないんだよ天祥。父様って、天化兄様と一緒でヘンな嘘しかつけないよね」

天爵の手がまな板脇の包丁を。天化の手がコンロ前の胴鍋を。
「どっちが先だかわかんねぇさ」
「はは、ほんと」
「ああ、天禄兄貴はよ?天爵は電話とかしてるさ?」
「ううん。向こうの店も大変そうで。"独立したなら嫁さんと二人でやっていけよー"って父様が。でも新盆だから一度帰ってくるって言ってた」
「……そーさねぇー……」

胸がぎゅうぎゅう、目がチリチリ、着火したコンロに懐かしいネギ油が跳ねれば、天化の炒飯は第一線戦闘体勢だ。懐かしい匂いがいくつも跳ねる。

"男が一番に覚えるべきこと。"

それがこの店の心根だと告げる父は、いつも眉をしかめて真剣で、家族の腹も胸も、明日でさえも充たしてくれた。笑って目を細くして大きな口から歯を覗かせて、顎を引いては遠くを見てた。記憶に残るその顔は、まだ幾分若かったのだろう。天化の指に小さい油の粒が跳ねた。

「いいか天化。料理屋ってぇのは男の味が店を守るモンだ。」
思い出したあの日の声は相変わらず大きくて、
「店を守るのが男なら、男は店の看板ってとこだ。本当にうまい店は表の文字看板なしだって人は来る。"看板男の料理の匂い"でな」
でも、この日ばかりはビールを片手に少し声を潜めてた。確か旅館の月明かりの片隅で。
「ただなぁ、どんぶり勘定と厨房の看板だけじゃぁ持つモンも持たなくってよー……参ったなぁ──いつだって店の命は女なんだ。看板娘もかみさんも──」

簡単なようで難しい。わかったようでわからない父の言葉は、酒の所為だろうか。少し顔が赤かった。なぜ今話すのかと聞いたら、おめーは俺に似て無茶苦茶で心配だからと笑ってたっけ。最後に行った温泉旅館の畳の感触は、今も天化の足の裏に熱く残っている。

「親父さ、おふくろのこと」
「兄様?」
「んー……母ちゃんのこと。ほんとに大事にしてたんだな……」

伏せた目が熱かった。

だいすきなちからは、確かにまだこの台所にあるらしい。大皿の炒飯に名前を添えて、今日の夕陽も役目を終えた。

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