さとごころ(2/4)




一月が流れた自室のドアは、思ったよりも軽く開いた。毎年夏場は湿気を吸って重くなるのに。ギチギチ上がる懐かしい椅子の悲鳴は、ここを出る少し前に蹴った記憶があったから、ベッドの足も然り。その下にくちゃくちゃ突っ込んだ煙草の死骸は、見つかっていないといい。夏の風が抜ける布団に寝転んで、第二次成長期の目が天井の染みを数えていた。

「……ったく。なにさ、皆してのけ者かい」
ぽそりと放ったその言葉は、思わず笑えるくらい誰かに似ていた。イライラとちょっとの孤独を知って、むず痒い胸に膝を抱くベッドの上。
「ふぁーー……」
溢れる欠伸に彼の匂いはする筈がなかった。

目を閉じて、開いて、懐かしい匂いがする。畳と水と風、台所油に洗面所の無添加石鹸。裸の足が触れる床は、男所帯の埃のふわふわ。埃がふわふわ?──褒められない形容に笑うと、秋の風の音がする。

カチャカチャ皿のぶつかる音、それは天爵の音。
ぱたぱた廊下を走る音、それは天祥の音。
何故だか床を踏む音が酷く静かで、それでも天祥より随分低いその足音は、さっきいた新顔らしい。深呼吸のち、天化の鼻がくちゃくちゃになる。

こみ上げるだいすきのちから。
けんかする意地っ張りのちから。

まだ、親父のあの音は聞こえない。ざわざわ通り過ぎる夏の風に、薄い胸が力を抜いて、一月前に床に落としたタオルケットを足元に追いやった。……ということは。
誰かが拾ったタオルケットだ。自分のいない間に?勝手に部屋に?……そんな子供の言い分が、すぐに窓の外に飛び出して消えた。
毎日の太陽の匂いはベランダの、抱き締めるふわふわはオレンジ表皮の柔軟剤。そう言えば、キレイになった床の上に、大きな巨人の足跡がいくつもいくつも並んでたっけ。
ドアの横にはお値打ち価格の吸湿材がたっぷり積んであるらしい。巨人、親父の計らいにより。

「……へへ、親父も老けたなー」

どんな顔でどんな手で、掃除機なんてかけたんだろう。くすぐったさに堪らなく胸が震えて、天化の足が階段を下りる。1段、2段、3段、
「あ!なぁ、次はちゃんと算数見てやるさ。おやつ出してやる」
「……"邪魔した"」
ぺこりと下がる赤毛が夕陽に向かって微かに漏らすと、見送る天祥も、誰かみたいに鼻にくちゃくちゃ線を入れていた。
「おが抜けてるさ〜。先に国語!」
ぱたぱたかける19センチの裸足が、天化の膝の裏を取る。
「……天祥?」
見開いた目より随分と低いその場所で、ぴったり股に寄せる額。
「にいさま、……おかえり……」
その熱さに目眩がした。ぎゅうぎゅう掴む小さな指に、硬い豆と指が重なる。しゃがみ直した足の間に収まる天祥は、本当は随分と背が伸びていたらしい。天化の腕の中に、大輪のひまわりが咲いていた。

「よし、天祥!今日は俺っちと風呂入るさっ。潜り比べだかんなー手かげんしねえさ!」
「──僕もう、目、開けられるもんっ」

笑い合う2と4に、あのアイロンの匂いのシャツを3が運んできたのはすぐあとのこと。もう一度の"おかえり"と、母よりずっと幼い男の笑顔と共に。

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