来襲、静寂、ドロップキック(4/4)




静寂。これを他に表す言葉はあっただろうか。防音の壁に阻まれて、バスルームどころか窓の外も音はしない。発の胸が、少しの不安の音を鳴らして枕を蹴る。
「……っくそ!」
いつの間にか床にいたんだ枕。おもしろい、おもしろくない、文句なしに前者だった。それなのにからからの喉が尖って張り詰めるのは、時計が10時10分猫の髭だから。今日二度目のその時刻。無音の中で胸の音。刻々と迫るその音で、耳の中に渦巻く水の音。──初めて水に浸かった日のように、泡沫に阻まれたような音。
「なんだってんだよ…!」
なんなのかその答えはない。震えが込み上げる指がポケットの無機質を探り当てて、押したのはあの、上がった受話器のイラストだった。
「出なかったら切るからな!」
保険、苛立ち、焦燥、後、始まるコール。聞いた試しのない声を、
『──……久しぶりだな』
想像するには時間が足りない程だった。たった一度で繋がるコールは、
「……ああ、あー……俺だけど」
素直になるには時間が随分足りないらしい。飲み込んだ言葉と吐き方を忘れた息が止まる。向こう側でうむ、とひとつ、頷くらしい声がした。
「…あ゙ーと、あれ。雷が。……ウチに来てんだけどよ、」
また頷くらしい声がして、胸の音に阻まれる。無機質と有機質、フローリングで裸足が上手く動かない。
「流石にほら、子供が出歩く時間じゃねえだろうし。……ああ、知らなかっ」
『発の所に』
「……え?」
『お前の所にいるだろうと思ってな、……安心しておった』
「……っえ、あ、ああ、そう」
上手く動かないのは、脚だけじゃない。今は息をしたくない。続く有機質の色が、鼻の奥で広がった。
『此所だと負担もかけてばかりだ。』
そうなんだっけ?いつも仕事ばかりなのは、今に始まったことでもなし、
『発にまで強いるのは忍びないが、しばらく気のすむまで自由にさせてやってくれないか』
そうなんだっけ。
「……いや、別に……いいけどよそんなの」
なんだったっけ?
「…っまあ、もう切るぞ。」
追い付かない白濁が迫る思考の先で小さくうむ、と紡いだ息が、耳から離れた無機質を通る。

『また』

──また?

またってなんだ?またってなんなんだ一体、またってあれか、股か太股か違うだろ、違う──

不意を突いて続く声はまだ何か紡いでいて、遠ざけた電話機を呼び戻すには腕が追い付かない。
「…おやじ!?おや…」
聞こえたのは終話音。無機質なそれが、堪らなくあたたかかった。

違うだろう。
「……んだよ…末っ子は大事ってか」
それも多分違うだろう、わからない。今はまばたきをしたくない。水分調節が出来そうにないから。
左手で押さえた目元の拍動は、確かにこの手で感じた筈だ。鼓動も、鼓膜の振動も。
「あーあもうっ…」
狂いっぱなしの調子のままで、開け放つバスルーム。石鹸と悲鳴が飛ぶのはハナから承知で、無言の後にリンスのボトルの後頭部強打来襲は予想もしない痛手だったけど。
「うわ、笑ってるさこの覗き魔」
「気持ちわりぃぜ小兄…」

川の字の夜がくる。譲らない黒髪の両脇、真ん中は発。見た夢は虹色だとか苦いとか、朝日が昇る頃には忘れるんだろう。ただ、睡眠は、欲す以上に穏やかだった。何処かで聞こえた終話音を心音と同じリズムに乗せて。
「ちくしょうお前らぁっんとに…!」
忘れないだろう、夜明け前に二人に食らった罵詈雑言と雷電蹴撃<ドロップキック>。


end.

どうしても出したかった雷ちゃん。発の「雷」呼びはmyドリームです。
2011/10/26

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