来襲、静寂、ドロップキック(2/4)




すっかり部屋を満喫するその弟に、なぜ朝ごはんを作ってるんだ?容赦ない微塵切りに辟易とした玉ねぎが、まな板の上で人参にしな垂れかかる。
「なんか飲むモンねぇの?」
「あー、麦茶麦茶!天化ー!」
「自分で取りにくりゃいいべ!!」
ごめんごめんわりぃわりぃ!!走る足音が2倍の量で、
「それ俺っちの……!!」
オレンジのカップが拐われた。ますます小さくなる玉ねぎはフライパンに突っ込んだ。ちくしょう!
「悪いな、今日だけ貸してやってくんねぇ?な?」
耳元に詫びに来たその兄を一瞥してため息ひとつ。
「いいだろ?今度続きってことで」
「んな問題じゃないっしょ」
睨み付けて確信した。あの弟を甘やかすのが発の仕事だったのか。

「んめ、うまい!!お前やるな!極上じゃねーか!!」
「そりゃどーも」
「おかわり!!」
「もうないさ!二人分しか材料買ってねぇ!」
「なんだ先言えよ、食っちまったじゃん…」
「聞くのが先さ」
水掛け論のキャッチボールは、既に卵と鶏になり下がる。確か誰かも唐突に人の家に上がり込んで、勝手に父の炒飯を食べた筈。ちくしょう似た者兄弟かい!
開け放たれた遮光カーテン。何時も開けるなと不機嫌な顔をするあの高い鼻は、いそいそ弟のリュックを持ち出していた。そいつには怒らないんか!泊まる気か!眉間に硬い皺が一筋、皿を洗いにキッチン籠城の策に出る。
「なぁ、お前ここに住んでんのか?」
上がりかかった天化の鋭い舌打ちの横で、皿を抱える日に焼けた腕が伸びた。その類は気にしないらしい。
「……」
「え?なんだよ?」
戸惑いの前で至極当然のその腕が突っ込んだ泡の洗い桶。ん?うん?聞き返す目が、二度三度瞬いて、スポンジのありかに頷いた。
「だからよ、お前って発兄と住んでんのかよ?」
「お前じゃなくて天化さ」
「ふーん、イソウロウってやつかぁ」
「違うさ!」
答えにはなってない。そして恐らく違わない。ひょっとすると自分も人の家に押しかけて食事を搾り取っている換算なんだろうか。とうとう引っ掴んだスポンジが皿を擦り出して思う、"王サマいい躾してんじゃん"。負け惜しみが水を掴む。
「デカイ皿って何処入れときゃいいの?」
「んー、昼も食うからそこ出しといて……って王サマ!!」
当の"発兄"はタオルを掴んでバスルームに駆け込んだ。ちくしょうそっちの籠城かい!追及出来ないのは、ドアが閉まる瞬間に振り向いた目配せと、腕に収まったくちゃくちゃのシーツがあるからだ。
「……ったく、あのひとは!」
「わーかった!天化、発兄ともケンカしてんだろ!?それで怒ってんのかよォ!ガキだなぁ」
云々長く続く仲直りの秘訣の声は、――兄弟さ、絶対ここの血縁濃いさ!納得の後に天化の背を押し出した。
「い゙!?ってぇさ!なにさ突然!!」
「いいからいいから!仲直りしなきゃ一日つまんねぇだろ?ほらよ!」
平行線のまま笑顔の腕に詰め込まれたバスルームに、とうとう開いた口も塞がらなければ茫然自失、怒り心頭さどこの馬の骨だかわかんねぇ不躾野郎!
どうせ通じそうにないオトナの言葉で罵倒して、恐らく天化自身オーバーヒートだ。本当にはわかっちゃなんてない。驚く発の目の前でふんだくった新しいトランクスに煮えた腹を抱えながら、とにかく今日は、セイテンノヘキレキで始まった。

延々続くねぇねぇ、なぁなぁ!
その言葉は、いつの間にか床のあぐらから片膝を立てた発が投げかけていた。くるくるころころ落ち着きない日焼け肌は、フローリングの冷たさをそこら中奪う気だ!片道通行の冷戦状態の臨戦態勢。天化が隅で抱える枕に、一瞬しょんぼり伏せた兄貴の目。だからって怒って反らすのもどうなんだ。胸の疑問が晴れやしない。
別に、
「へぇ、知らなかった。あーたちびっこいしよ。小学3年生かと思っちまったさ!」
「5年3組雷震子ったら有名だぜっ!……天化はやっぱ中学生なのか?」
「高校生さ!!」
コイツが嫌いな訳じゃないのに!
声に出さない天化の叫びに、とうとう今度は発の肩がすぼまった。お前らどっちも小学生だ。
「……なぁ雷、お前さぁ」
「ん?」
相変わらず投げかける瞳は弟のものなんだ。それは天化も知ったこと。発の右手が宙で迷う。
「伯邑考兄ちゃんと行きゃ良いじゃねぇかよ。」
指が、
「え?だって邑兄遊んでくんねぇじゃんか!」
迷って頬に落ち着いた。カリカリ爪の音がして、3秒数えて欠伸をひとつ。
「そうかよー。俺は遊び要員ってワケね」
その頬も口ぶりも、発の皮肉はいつだってあたたかい物なんだ。発にとっての。だけど共有してるそれ。知っているのは枕の腕を緩めた天化ただ一人。甘ったるさにグラスの水を飲み干した。
「お前宿題終わってんの?ん?」
「ったりまえよ!」
「えっ…」
「7月に全部終わらせたぜ!」
「すげぇなオイ!!なんで?ええっ!?去年泣き回ってたじゃねぇかよ!」
「立ち止まってらんねぇのがヒーローだかんな、オレ様のシュクメイってヤツ?」
よく笑うくちとくちびるで、左右に開く柔らかさも角度も同じ、共通の過去。発の目は伸びやかに朗らかに、半人前の指先で末弟の黒髪を引っ張っていた。
オアシスなんだろう。それは天化の独り言。
ほとんど聞かない家族の話に、避けてるだろうその態度。確実に近づく度にうなされる姿は毎晩隣で知っているから。
「……いてよかったさ」
「あ?」
「ん?」
「別に。なんでもねぇ」
「最近ホントお前素直だよなぁ?可愛いっつうかよ、」
「なんだよ!やっと仲直りかよーもう!」
噛み合わないのもご愛嬌、似た者兄弟に飛び込んでみる夏の日の朝。時計は10時10分、猫のひげ。ひっくり返るリュックの中身がごちゃごちゃ――訂正、カラフルな部屋の真ん中で。
「雷震子!これ、いっちばん強い消しゴムどれさ?」
「オレ様いっちばん最強の」
「これっしょ!?コイツさ!」
「うおっお前見る目あんじゃん!そうそう、そいつが一番飛ぶんだ!!」
そうか、これも暖色なんだ。
「お前らなぁ…」
第二ラウンド和解の文具合戦に、
「俺も混ぜろーっ!!」
発の頬に光が射した。何時もは明けない遮光カーテンの恩恵はこんなところにハートをつくる。
「発兄っ!?やだぜ、発兄よえーじゃんか」
「王サマ大人げないさ」
「そうかよ!」
ふわふわ不思議なヒーローごっこ。白いレースが揺れていた。

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