二兎の結末、夢現 1








 誰っスか、二兎追うものは一兎も得ずなんて言ったの。仕方ないっしょ、一兎追っても二兎追っても、手に入れるのは一瞬の鮮やかさと永劫の虚しさで、オレに残るモンなんて、甚だ興味がない栄光ってヤツばっかりでさ。まぁ、なんてーの?つまり欲したこともない。だって欲しいものがない。それがオレの当たり前だ。

 そーゆー一過性の刺激だけで楽しく生きていけるほど、子供でもないらしいんスよね、残念ながら。
 オレって、そーゆーヤツな訳っス。

 退屈と、虚無と苛立ちと、他にはなんにも。空っぽなんスわ。──そう、思ってた。あの日までは。

 目の前にいるのが本当に人間なのか、疑うのはまずそこからで、なにが、どうして、どうやって──どうなったかがわからない。それを前にして沸き起こる感情が、確かにオレを突き動かしたこと。それだけはなにに邪魔されることもなく残る。後に知るそれは、憧憬──って名前だった。



「青峰っち! もーいっかいっス! もう一回!」
「お前の一回は何回だよ!?」

 まるでオレの手を引くように、ボールを持った指先、腕の流線型が空を掻く。笑いながら飛び散る汗にも構わず伸びる褐色の腕が、目の前の暗い体育館を縦横無尽に駆け回る。何度伸ばしても何度叩いても届きっこないそれは、
「空いてますよ、第三体育館」
「テツ!」
こうして今日も、簡単にカットされちゃうんスよね。
「先行ってますね」
表面的なようで確かに血の通った、抑揚のないあの声に。そして二文字のあの愛称に。

 宙ぶらりんのリバウンド。徐々に勢いを無くして飲み込む切ないその音だけが、暗闇に立ち尽くすオレを知ってる。

"テツ"

 光だとか影だとか、味方だとかダチだとか、考えれば考えるほど、オレを掻き立てる衝動は勢力を増して波立って、後に知るそれは、紛れもない嫉妬と言う醜態だった。

「なぁ黄瀬、」
 たった二文字。
「今日のテツがよ」
同じ二文字。
「黄瀬ェ、おい、聞いてねぇだろ」
 オレと彼の同じ数。二文字の重さってのは、どこで量ればいんスかね? 憧憬と嫉妬は、どこまで同じ上皿に乗せられるんスか?

 わからないまま曖昧に笑って月日は過ぎる。抱えた虚無が消える度、胸に浮かぶのは優しくてやんちゃなあの声の紡ぐ二文字で、
「テツがさぁ」
その二文字がオレの醜態を引き立てる影だ。まるで影だ。

 笑い者っスよ。
 ただひとつ、その二文字だけ模倣出来ねぇなんて。見えないなんて。バカっしょ、能面よりお安いお手頃価格の笑顔ほっぺたに張り付けて、やっぱり笑う強欲なオレとか。手を伸ばしても、憧れを掴むどころか触れられやしない、光と影と、オレの醜態。

 後から知ったんス。それがきっと初恋なんだって。

 影の消えたあの日の後に、消えそうにほど荒々しく、鈍く呻く光を見た日に。合わさらなかった拳と拳、伝う汗。

「オレじゃダメっスかっ…」
答えない声が低くなったのを知ってる。"テツ"を呼んでる、探してるみたいに。母猫にはぐれた仔猫が帰るあたたかな体育館はもうなくて。
「あ、なんなら試そっか? こないだ言ってくれたっスよね、"黄瀬なら女顔だから抱け──"」
「るせぇ黄瀬!!」
"テツ"を呼ぶ二文字より乱暴にオレを呼ぶこと。知ってる。
「黒子っちじゃないっスけど、ねぇ? ……オレ、オレじゃ隣にいちゃダメっスか…っ?」
合わない目が斜め下を見るのを知ってる。"テツ"を見る双球より暗い色でオレを見ること。知ってる。わかってる。わかってた。
 ひび割れた笑顔の面のは、押し倒されてロッカーに頭をぶつけたからか、淫乱気取って正体見失って泣きすぎたからか、終わりが、解ってるからか。

 この日、乱暴に抱き合って抉じ開けて暴き合った身体に、好きだなんて言葉を吐けなかったこと。うん、そう。そうなんス。結局いつも虚無は虚無で、憧れにも焦燥にも答えはなくて、ただただ、隣にいるんだと言いたくて、
「あはっ、ごめんごめん黒子っち!ね、もう一回一緒にバスケやらないっスか?」
へらりと笑って"いつも通り"を模倣出来なくなった頃、いびつな三角はいびつな六角に。飛び火して、消えた。


 まるでそれは、夏の終わりの花火のように──オレたちの全中は、栄光と引き換えに闇に散った。

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