二兎の結末、夢現 3
桜が咲いて、散って。
今更だけどさ。ようやく初恋の人の幸せとやらを、願わなくもないかなーなんて。まだ未消化なそれを引きずりながら、あわよくば仲直りして、あわよくばまた3人に戻れないかなー、なーんて。平静を装う以上にお軽いスタンス装って、それなりの覚悟で跨いだ誠凛の門扉。
──息が止まった。
バクバク高鳴る心臓とぐらぐら煮え立つ闘争心に覚えがあって、必要以上に饒舌なオレ。チャラチャラナンパ気取ってさ。そうでもしないと溢れそうだった。
──似てる、って。一度そう思ったら。
強く早くボールが跳ねる音の切れ味だとか、オレとは違う重厚さだとか、一歩一歩踏み込む足の勢いだとか、ジャンプの瞬間踏み切る足の筋肉の躍動だとか、膝のデカさとか。ただの粗野と見せかけてバカみてぇに熱いスタイルだとか。ガッツポーズの作り方だとか、その時に引く顎の形や自信に満ちて細くなるつり目とか、アリウープ直後に黒子っちの髪を混ぜる、その混ぜ方だとか手の厚さだとか、嫌がられ方、とか。
似てる、オレの憧憬に。初恋に。
ヤバい、と思う頃には遅過ぎる。啖呵切ったオレに容易く乗っかるソイツの名前は、隣に佇む影が呼んだ。
"火神くん"。だって。
そっか、へぇ、火神。間接的に知った名前はすっかり胸に浸透して、ああ最悪。なんでオレって可愛くねーんだろ、カッコつかねぇんだろ……。啖呵に啖呵重ね合わせて、あまつさえ泣くってねぇっスわ! さいあく! 印象ぜってー悪いわこれ!
なんつーかもう笑うしかないっス。アレか、オレと黒子っちって、大親友だけあって男の趣味まで一緒とか? ふはっ、それは流石にまずいっしょ?
なんてね、なんて……まずい、ってなんだよオレ……。
心臓はすっかり馬鹿になり通しで、バクバクバクバク五月蝿いっつの。冷たい水に流してもまだ手に滲む汗が、バスケの所為だけに出来そうにない。黒子っちに伝えるごめんが先のはずだ。青峰っちがずっと待ってた、そう、今なら告げられるはずだった。だから此処で腹くくったはずだったんスよ。それが、さ。ぶっ飛ぶぐらい、今は目の前に隕石の如く現れた燃える背を追うのに必死になってた。
肩張り合ってぶつかってくワンオンワンに昂る期待。終始アシストにくる黒子っちにすら苛立って──邪魔しないで黒子っち。
取るなよ、オレのばっか取らないでよ、オレはアンタと親友でいたいんだ、だから、
「火神っち」
「ち!?」
蠢き始めた無様な嫉妬を懐柔しながらそれを呼ぶには、結構勇気いったなんて。アンタにゃわかんないだろーけど。
目を閉じるとまだ思い出す。
厚い手のひら。オレとは違う種類の長い指。短い襟足を乱雑に掻く仕草とか。抜いた瞬間、目付き悪い目を見開く姿とか。
浮かぶ全部が全部憧憬に重なって、今日だけは。青峰っちが帰ってきたみたいなさ。そんな、ありもしない甘い錯覚に酔えた。
「……がみっち」
きっと"臭ぇな、テメェ女かよ!"なんて呆れる声も似てんだろうなって、高校入ってから変えたお気に入りのフレグランスが染み込んだ毛布を抱いてみる。
「火神っち?」
無意識に呟いた名前はそっち。閉じかけた瞼に浮かぶのは違う人。
「青峰っち…」
もう終わったろ。傷付くってわかって続けられるほど、オレは人間出来てねぇっつの。なのにどうしても焦がれるみたいに胸が縮み上がって。好きで悲しくて届かなくて、火神の自信に溢れた笑顔を見ると青峰っちの笑顔を思い出せなくなりそうで、
「──っち」
夢に落ちながら涙が一筋。誰を思ったかなんてもうわからなかった。
"黄瀬"
いびつに歪んだ三角形は、まだ確実にオレの中に燻ってる。
"きーせ、"
それでも夢がほんの少しだけあたたかい気がしたのは、気のせいじゃないと思うんスよね。
"黄瀬"
ひらひら舞う桜の花の向こうで、片手にボール、空いた片手と胸にオレを抱き締めてくれた人。塩でただれた頬を拭って、仕方ねぇなって呟いたアンタ。
"黄瀬"
夢現のソイツが誰だったのか。今のオレにはわからなかった──。
窓に差し込む陽射しが揺れるカーテンに擽られて、何故か心中穏やかだった。沸き立つ足の裏は、早くバッシュ履きたくってさ。身体中の本能が告げるんスよ。物騒なぐらい騒がしくて、煩わしくてあたたかな、新しい朝の始まりだって。
今ひとつ確かなものは、頭に書き足したばかりのリベンジだ。そうしたら見える気がするんスよ、オレの追い掛た二兎の結末、夢現。
end.