二兎の結末、夢現 2




 痛くて身体が千切れそうだ。そう感じるのももう何度目か、慣れた──とはお世辞にも言えなくて、喉仏を引き裂くようなキスが降る。雪の日だった。
「……あ、おみねっち…っ」
ぎゅっと掴むはずの背中に伸ばす手は躊躇われて、シーツを掴もうにもここは部室の床だった。っかしーの、笑っちまうって。バスケ捨てて部活辞めて、それでもこんな部室しか居場所もねぇんスもん。学習しねー。金出さねぇし、第一んな関係じゃない。苛々とバッシュのスキール音に似た爪の引っ掛かる音に、オレは冷静に自分の限界を知る。
「──っち、好き…好きなんスよ…おみっ」
「黙れよ、ほら」
 ああ──アンタはいつもそうっスよね、気紛れ。オレが追い掛けても追い掛けても追い付けないのに、唐突に立ち止まってオレを金縛りにする。こんな優しい殺し方ってない。追い縋ると困ったようなあの顔をされて、柔らかく重なった唇に涙が溢れて、まだ定着しない左のピアスホールが悲鳴を上げる塩の味。好きだよ、きっとオレはアンタが好きなんスよ。ねぇ──そして気儘に、突き上げてブチまけて、終わったらきっと消えちまう。そんなアンタが。姿だけならそれでいいスよ、
「青峰っち……!」
アンタが。いつかアンタが消えそうで──憧憬も嫉妬も、不器用な初恋もみんなの友情も、帝光のエースも、みんなみんな消えちまいそうで、オレは今日もキスに興じて、汗まみれの自分ですがるんス。
「いっ……た、痛ッ…」
引き裂かれるのは身体じゃない。無理矢理抉じ開ける身体からは鮮血と、引き裂かれた心からは優越感と涙の筋が流れて落ちて部室を汚す。
「あ、っぁ、ぁ……おみねっち…!」
やっとの思いで黒子っちから奪ったんスよ、だからお願い、
「青峰っちッ…名前、なまえっ…呼んで欲しいっス…!」
漸く辿り着いたんス。隣がオレの場所なんス。だからお願い、──取らないで。背中に回した恋人の指、外させないでよ。取らないでよ、黒子っち……!

「──わり、黄瀬…」

──終わりは突然だった。

 最初で最後の青峰っちからのキスはオレの唇の端に、最初で最後、酷く優しく降りてきて、その時に悟ったんだ。切り刻まれる優越感と、拡がる鈍痛と、快感に声が擦りきれた頃。
 震えるアンタが溢した二文字は、オレじゃない彼のものだった。

「やっぱ俺──だめだ」

 中途半端な快感と痛みでぐっちゃぐちゃに汚れてるオレの頬に落ちた、青峰っちの初めて見る落涙の一雫は、そっと拳に閉じ込めて。傷を付け合う恋愛ごっこと、亡くした友情、憧憬──二兎を追うオレは、いくつのものを亡くしたんだろう。


 その日から部室には帰らなかった。置き去りのマイちゃんもバッシュも知らね。卑怯だろ、あんなキスより切ない告白なんて。待ちぼうけの唇は、噛み殺した声の所為で擦り切れて真っ赤にささくれて、乱暴を愛と勘違いしたセロトニンの減少は、オレのお先が真っ暗だって告げていた。

 あーあ、マジ笑っちゃうっスわ。笑いすぎて声が出ないなんて、あーもうマジで初体験っス。
「ごめーん青峰っち!初体験……貰って、ばっか…っスね………」
もらってばっか。
「……ばかみたいスよね」
そっと唇の横を蒼白い指先で確かめたら、星空に熔けて消えそうな月が泣いているようだった。
「ごめ……ん、ごめんなさい青峰っち……」
高校進学が決まる少し前のとても寒い日。オレが情けない大人になった記念日っス。
 数日前から気にしてた左耳のピアスホールの膿んだ肉芽は、マットに擦れて取れていた。
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