Rival×Perfume=Lover?




オレはもともと香水信者なワケじゃない。むしろ電車で下品な女が振り撒いてる人工的な香りにガチで酔っちまうような側の人間で、多分ファンの子が持ってくれてる──つか、勝手に持ってる黄瀬涼太イメージとは違うんだろうな、とか思ったり。だって臭くねぇスかアレ。桃っちみてぇに自分に似合う香りが良くわかってる子なら、トモダチっての抜きにして好感高ぇけどさ。下品なバニラにバラにラベンダーにフローラルに、塗りたくったトロピカルで男が落ちると思ってんなら大間違いもイイとこスわ。いやー、すまっせーんみんなのイケメンキセリョが口悪くって!

なーんて、一人のベッドで毒づいてみる一日の終わり。今度雑誌のコラムに香水について〜なんて書かなきゃなんスよねー、めんどくさ…。絶対コレじゃ提出出来ねぇし。オレの体からしてた筈の汗や制汗剤の匂いはしばらく嗅いでない。怪我の具合見ながら絶対安静、ようやく簡単なリハビリ開始って、まぁ汗かくような運動しないしね。そりゃ基礎体力には自信アリっスもん。舐めてもらっちゃ心外だっての。


あーあ。
……バスケやりてぇ。
してぇな、バスケ。

ため息に混じって呟いた言葉は間違いなく本音で、自分の浅はかさにまたため息が出た。

あのとき、何がなんでも試合に出たかった、勝ちたかった、エースとして、チームを、海常を、勝たせたかった。ってーと語弊あるっスね。……皆と、センパイたちと、あの瞬間に勝ちたかった。それに、絶対アイツにリベンジしたかった。それがオレの本音の全貌。そんな悔しさとオーバーワークと自分のこと過信した浅はかさに、こんなオレでも自己嫌悪ったりもするんスわー。うー…誰にも見せらんない、ぐるぐるネガティブな黄瀬涼太。あーあ、あーーあ!

もっかい叫びみたいにため息ついて書きかけのコラムは投げたした。無理無理、今日は閉店っスよーっと。
ありがたいことにオレを待っててくれた自室のベッドに身体が沈む。もちろん長身用の特注。父さん母さんあざっス!でも、また背ぇ伸びたらごめん。アイツに追い付くバスケしたいから、きっとまた背も伸びるように幅も厚みも出るように、筋トレメニュー変えるだろうオレを許して欲しい。

そんなことしてたら時刻は0字を回ってる。明日の朝練見学起きんのキツいかなー…きっと早寝のライバルはもう夢の中っスね。思い至った刹那、寂しさより早く、ふ、と鼻先をくすぐったのは、今ここで香ることがない匂いの残像だった。その香りに目を見開く。湿布とコルスプの、ツンと鼻を突いてくるモロに肌荒れしそうなあの臭い。
蒸し暑い体育館に充満する、吐息で鬱血しちまいそうな試合独特の濃い汗と蒸気の臭い。
スクリーンでかわした瞬間もドライブで切り込んだ瞬間も、懐かしさすら感じちまう、恋人として触れる時間にしか知り得ないスモーキーでウッディで、少しだけ柑橘系の甘みがあって。あーアイツ流石アメリカ育ちだけあってセンスいいじゃん?……なーんて、上から目線でしか誉められなかった意地っ張りのオレに、恥ずかしそうに笑った、見かけによらず純なコイビト──大我、の香り。

「オレは涼太の匂い好きだけど」

なんて、なんて、なんてさぁ!トンデモな口説き文句簡単に言っちまうこのバカガミ天然タラシバカガミ!気付いたら枕殴りながらベッド中転がったオレが本当に手の負えないバカってのは重々承知っスすまっせーん…、ね。

「オレはお前のスマートなバスケも好きだぜ?」

なんてことまで抜かしたオレの唯一は、今も部活三昧してんだろうな。ライバル、として。スマホが震えることもなくなって、たまに「ごめん、久しぶり」って律儀な挨拶が届いたりはする。

でもさぁ。
メールじゃわかんねぇの。アンタのこと感じられねぇんスよ?画面越しに撫でたって唇で文字の上追いかけて見たって、オレの香水とスマホの無機質な匂いしかしねぇんスわ。

スパイシーでウッディで、モロに肌荒れしそうなあのコルスプと湿布のシトラス、インドメタシンの気持ちわりぃゲルの刺激臭と、ボール奪い合う度に散る、同年代のそれより男臭い汗とオレンジ、オレを腕に閉じ込めるときにだけ香る穏やかな欲情の香りと、洗濯物の太陽の香り、ばんだ肌から漂う蒸気や、オレの虚勢やプライドが削ぎ落とされるのと反比例して強くなる、アンタの、あの、雄っぽい匂い、…とか。「大丈夫だ、可愛いよ」

「恥ずかしいリミッター振り切ってねだってくれっと嬉しい」

「オレにもかけろよ、涼太の──」

なんて!クソハズイこと言いやがったバカガミが、火神っちが、……絆されっぱなしの大好きな大我が。オレを愛してくれてるときの特別な香り。オレだけの香り。

合わせた額から落ちる汗は、1on1の汗とも違う切羽詰まった甘さに満ちて、香水なんか嫌いな筈のイケメンキセリョが、恋する男子高生以下に戻されちまう香り。パブロフの犬じゃんこれ。

んな真っ赤な顔なんて見せられるワケなくて胸に顔埋めたら、嬉しそうに太い腕で抱き締められて背骨軋んでさ。そんなときは泣きたいぐらい幸せで愛しくて、背中に爪立てながら、オレもこんな風に肉体改造したら勝てんのかなーなんて、切っても切れない好きと意地とライバルのポジションに燃えたりして。トクベツとかユイイツとか、そんなモン感じてるオレがいる。あー、早くバスケやりてぇ。火神っちと、息吐く暇ないあのスリリングな香りを共有したい。

そのあとは、あとは……おれだけの、になった大我の香りだけでいいから。ったくさっさと抱きにこいバカガミっ…!

そんな情けねぇ虚勢張ってるオレ、大人気読者モデルでイケメンでなんでも出来ちゃう黄瀬涼太。品評気取りで始めた香りの回想だけで、最近すっかりスタメンを外されてた勝負用ボクサーパンツを押し上げて全身に火を灯しちまった犯人を、瞼の裏で負かしてやった。



……誰かサンの所為で今日も眠れそうにないっス。



2013/10/22
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