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二人一夜を共に削り──


酷く歩き難かったと記憶している。身体の形状も心の均衡も。何度もその場で貪り求めたくなっては脚を進めた色町の隅で、男二人がようやく部屋に納まった。金は自分が持っている覚えがないのだから、発ちゃんが女房に叩き付けてくれたのだろう。息苦しい濃い二酸化炭素が降り注ぐ肌は、なにより誰より高揚させた。
「…発、」
天化のデニムのジャケットは片腕を抜けば滑り落ちて、名を刻みながら、少し高い位置の白い合わせに突っ込んだ天化の右手が焦れる。腰の帯をほどいたのも妖艶な衣擦れにのせて抜き去ったのも発。
「はつ…」
脱ぎ捨てた服を踏みつけながら、発の唇が天化の首筋を咥える頃には、誇張したあの敬称も消え失せた。
「これ、刺青?」
小さく鋭い音で降り注ぐ口付けに鎖骨が震えた。
「そんなトコ」
「……綺麗だな」
交わる白と黒、陰と陽。まるで誰かと誰かのような、淡い標に口付けが降る。
「…俺っちもお気に入りさ」
月の様に不思議な太極図。
「そっか、似合ってんじゃん」
「……っはつ、」
チロリと覗く天化の舌が、赤く腫れぼったく、ゆらゆら彷徨う唇の形。胸の真中を吸い上げた発の唇が、蜜に吸い寄せられるように絡み付く。甘く痛く疼くのは、触れられた場所だけじゃない。覗き込んだ鮮やかな緑の水面が記憶の底で揺れていた。ああ、これが快感なのか。ぼんやり浮かべたところですぐにその快楽に引き戻される。すっかり逆転してしまった禁忌とされたざわめきが、色鮮やかに芽吹き続ける甘い香り。――百年もする頃には、この夜をこの人を、忘れるのだろうか? 違う、忘れない。そんな意味で左右に振られた天化の髪が、すぐさま快感に散らばった。
「天化、…触れていい?」
今更な問い。
「……発が触れないんなら俺っちが触る。で、いいっしょ?」
「アホか」
「ぅッ…っ」
舌が平たい胸を捉えて、縮こまった鳥肌の粒を噛み潰された。みぞおちに押さえ付けた筈の声は高らかに艶めいて、
「…言ってることと違うじゃん…っ」
「だってやっぱり全部触りてえ」
一度屈んだ発の身体も、唾液の道と共に天化の唇に戻った。名残惜しそうに胸元に口付けをひとつ落としてから。
「……はぁ…」
どちらともつかない感嘆の吐息。デニムに擦れて限界まで膨れた皮膚が紅く血管を浮かばせていた。収まりきらない。もともと緩いファスナーは、持ち主の意に反するか否か――質量に素直だ。自然に下降する無機質の痺れと、抱き合う狭間の有機質のあたたかさに、膝が折れなかったのは最後の抵抗だったと思う。
「だめ?」
「…聞いたって同じっしょ、バカ」
触れては離れるその指で、まだ脱ぎきらない下着越しで、つねるかの如くに発を握った。
「…うっ、ぁ」
掠めた刹那、待ちわびた吐息が細く昇る。左手が発の肩に爪を立てて。
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