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二人の王


乾いた音が、晴天を占めていた。これが吉日に相応しいと誰もが思うだろう、最果ての太陽までも突き抜けるような高い青。天を仰ぐ血濡れの装束に、隣でみるみる蒼白になる深紅の王衣。似合わぬ髭で隠しきれない口元には、僅かな畏怖が覗いていた。眼下にはためく赤い旗は、まるで燃え盛る火のように、二人の脚を導いている。剣を片手に。
先代の王となる者に指定された剣。血に濡れていたそれ。誰の物かなど明らかであり、消えた黄金の少年と共に、彼を討ったもの──それは細く頼りなく、青銅で賑わったかつての王都からはおよそ想像し難い数打ちだった──は、敗れ、破れ荒れ果てた闘技場に転がっていたのみだ。

落とした物を、拾ってなどはやらなかった。

「……あの者──天化といったか」

静寂の破膜。長い階段を吹き抜けた風に頬を赦し、発の目が隣を見た。いつもなら、その名の者がいた場所を。
「ああ。覚えがあんだろう、前武成王の次男だ」
「……そうか、飛虎は」
「ああ、それもな。あんたんとこの太師と一戦交えて──だったって、そいつから聞いたぜ。悪いな、誰も……誰も殺すこたねぇって思ってんだがよ……」
ふ、と風に混じる自嘲は、双方から漏れたものだ。カツン、カツンと、並ぶ足並み。揃ったことなどあっただろうか、と発は思考する。あの護衛と己の足は、ついぞ揃うことがなかった。
溢す笑みは、不思議な心地だった。何故こんなにも穏やかなのか。城下の喧騒は遠い湖面の底のことのように遠ざかり、並ぶ男の血飛沫に混じっているであろう、少年のそれが、
「黄天化。気の毒なことをした……。もう勝敗は決していたと言うのに。臣下の、いや、予の非礼を、共に詫びたい」
「……わりぃが、アイツはそんなこたぁ気にしねぇ男だ。あっちで会ってもきっと笑われるぜ、あんた」
不思議と、哀しく、愛しい。胸を占める言い様のない愛くるしい苦味と苦しさに、発も天を仰いだ。
「そうか」
白髪の彼は幾分驚いてから、細い目を閉じる。物語の終焉を知ってしまったかのような、穏やかたる笑みだった。
一方発も、目を細く狭めたまま、やはり天は等しく照らす。まばゆい光を抱き締めて、彼は永遠になったのだろうか。
もう痛くはないのだろうか。
痛みのない傷に、心を悼めることもないのだろうか? 父と師と、再会は許されただろうか。己の父も兄も、恐らく大層彼を気に入るだろう。明朗快活な少年のことだ、恐らく上でも上手くやるのだろう。ついぞ、発と素直な会話など望めなかった彼の血が、こんなにも愛しいものかと。発は目を伏せ、もう一度天を仰ぐ。返事はない。ただ、ゆっくりと歩みは続いていた。
「最期に、その者がこれを」
静寂を破る掠れた声に、一瞬後の風が止んだ。
「闘う理由がなくなったのだと」
「そうか」
「呂望……太公望へ、全権を任せると。そうすればおとなしく余生を送ると言っていた」
また無理なことを言い残したものだ──発の喉が鳴る。吹き出したっておかしくない有様だ。訝しむ先王を尻目に、穏やかな天を目指して歩む冬の天の下。どうしたってそんなことを出来る奴ではないと、十余年の記憶が告げていた。勢いばかりの己以上に、護り、飢え、誇り、走り抜けた背中。カツン、カツン、残り少ない階段は、並ぶ二人の歩みは止めず、しかし幾分ゆっくりと、その頂を臨もうとしている。これが生への固執だろうかと、朧気に悟った冬の空。
「邑に──待つ者がいたらしい」
「あ?」
不意に城下の声が耳に届いた。
「 “最期まで護れなくて”」

“すまねぇさ、最期まで護ってやれなくて。……ごめんな、── ”
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