【欲しがり】



サンプルpage01 - 【欲しがり】


ね、王サマ。

抜け出したベッドを振り返ったら、子供みたいな寝顔が見えた。……やっぱ太陽なんかな、この人。夜はさっさと寝るんかい。その指の先が掴んでるシーツのうねりが、王サマと俺っちの名残の漣。ちょっと寄せたあのときの眉毛の残像が、緩やかな心音に上下した。
あーあ。
脱ぎ捨てるほど乱暴じゃない。畳むほど律儀じゃない。ベッドと床の中間地点で、ヘンテコな形に落ち着いちった残念ないつものジーンズに、右。左。脚だけ突っ込む。間違えっこない。膝のダメージんとこに引っ掛かりかけた左の親指とその付け根。さっき震えて攣りそうになったトコ。
「……っ、…うわ」
……思い出した。王サマの舌が追い上げる刹那。あの一瞬。ざらりざらり掠れる肌の緊張感は、何回履いても背中にそそる味がする。ため息に注がれ続ける寝息のリズム。開け放った窓に夜桜が舞上がった。

ヒュー!
一面、狂い咲きのソメイヨシノ。夜風に乗って四階のベランダまでジャンプした。まだ三月っしょ? ちょっと焦り過ぎさ、ランドセル背負う前に散っちまう。今年も天祥がごねるじゃん。まぁ、そんなせっかちなトコも夜に栄えるトコも、ほの暗い月明かりも嫌いじゃないけどさ。抱き合ってる頃には本降りだった春雨が止んで、アスファルトに立ち込めるオイルの臭い。桜、けっこう高く飛んでるさ。いいかもね、うん。気持ちいいさ! 水滴で冷たいサンダルを踏み締めて、前、後。右、左。吸い込まれそうな空に歩いた。星の数でも数えてみっかね!
「……あ」
裸の胸が拐われる。
「……ヤバい、さ、」
見上げた空に走り抜ける冷たい春の夜風に、ぞくり、ぞくり。……冷まそうとした熱が煽られた。……やっべぇ。なんでもいいから上着羽織りゃよかったさ。反射で引っ込めた左足。遅かったかもしんない。ジーンズの中で、確かに感じる昂るゾクゾク。誰もいないさ? 誰も……
右、左。振りかぶった頭。飲み込んだ喉に引っ掛かる。あっちゃー…朝まで持つと思ってたのに。引っ張り出した尻ポケットの赤マルボロがくちゃくちゃに潰れてた。生き残りはあと二本、マジかい。ついてねぇさ。――これも王サマと俺っちの名残。ああ、そういやさっき下敷きんなったジッポーの角が刺さったっけ。

ヤバいかも。
それにだって感じてた。踏み込むほど強く咥えた上唇に、じりじり貼り付くフィルターの違和感。さっき王サマを咥えてた。歪む眉毛が嬉しくて、奥まで咥えて呑み込んで……今度こそはっきり感じる、王サマの名残。ざわざわ撫でる春の風、王サマのキスの味。八重歯の痛み、
「……っ、はぁ……」
はっきり勃ち上がった俺っちの名残。なくなるより早くマルボロはサンダルで追いやった。ザラついたデニムに擦れる場所が、それじゃ全然足んなくて。弾けるみたいにひっかかるファスナーが一気に下りて、右手が勝手に動き出す。
「……ッ」
仕方ないさ。だって……見えないっしょ。いいじゃん。周りはここより低い屋根だし、腰までコンクリの壁がある。縁には銀の冷たい手摺。後の窓にはレースのカーテン。さっきまでセックスしてた、王サマ。汗の匂い。夜桜の匂いに風の音。むせ返る、思い出す王サマの味。
「――……!」
やべぇ、止まんないさこれ…。堪んねぇ…!
少しだけ前に突き出した腰が、確かに揺れて止まんねぇ。邪魔なジーンズが太股の真ん中まで落ちた。動く右手も止まるわけない。いつも意識なんかしっこない胸の形が先までわかる。きっとやらしく真っ赤になってるんさ。そう言って嬉しそうに触るじゃん、王サマ。チリチリ焦れて痛くて腫れて、舌が這いずる鎖骨の形も。春の夜風に拐われて。王サマに触れられたときより強く――。

あ、あ、あ、王サマ、ね、王サマ…!


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