抱きしめました
(sideT)
どうしてこうなった。
どれだけ平然を装おうとも、ばくんばくんとうるさい心臓は全く収まらない。肩越しに聞こえる小さな布が擦れる音にまた心臓が高鳴る。全部浜野先輩のせいだ。浜野先輩があんなこと言わなければこんなにも意識してしまうことはなかったはずだ。
狩屋はこの状況で寝られたのだろうか。
首だけ狩屋の方に向けると小さな背中が見えた。これは寝ているのだろうか。
「(…寝癖つくのはやいな)」
そうしてしばらく狩屋を観察していると、狩屋が寝返りをうち目が合う。
「なんで起きてるの…」
「こっちの台詞だ」
どうやら狩屋も寝れなかったらしい。これは意識されていることに喜べばいいのか、相手が男というのに悲しめばいいのか。
それから少し会話してまた狩屋は俺に背を向けた。その様子にイラッとしてしまった俺は頭がおかしいのだろうか。確かに俺には狩屋が寝ている間に悪戯をした前科があるが、そうあからさまに避けなくても。
「狩屋」
俺は名前を呼ぶと同時に狩屋の肩を思い切り引っ張る。胸に鼻をぶつけたらしい狩屋が小さく「痛っ」と呟いたが、気にすることなく片手で頭を抱き寄せ、もう片手で背中をぽんぽんと軽く叩く。
「寝れない時は心臓の音と人の体温、らしい」
兄さんが言ってた、と呟くとうとうとし始めていた狩屋がブラコンだとかとへにゃりと笑って、そのあとすぐに規則正しい寝息が聞こえた。
「……寝たか」
さて、どうするべきか。
やってしまった。勢いで抱きしめてしまった。助けて兄さん、自分のこと考えてなかった。
「ん…」
悶々としていると狩屋が擦り寄ってくる。その行動に俺は固まるしかなかった。鼻を掠めた匂いに、さらに俺は固まった。
「…、……」
頭に回していた手で髪を梳く。やばい、これはやばい。自分の心臓の音がありえないくらい速く聞こえる。どうすればいいんだ。
しばらく自問自答を繰り返し、悟った。自業自得だ。
翌朝。
俺の目の下にできているであろう隈を見て、あまり寝れていないことに気付いた狩屋が開口一番に謝った。恥ずかしそうに謝った狩屋はおそらく何かを誤解しているが、可愛かったからいいかなとか思ってしまったのは寝不足のせいにしておく。
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