サボりました
授業が始まる寸前の昼休み、昼食を終えた剣城は教室ではなく廊下を歩いていた。向かう先は保健室。満腹感から授業に出る気になれなかったらしい。つまりはサボりだ。
保健室が見えてきて剣城はドアが開いていることに気が付く。そこから見えた緑がかった水色。
「狩屋?」
「あ、剣城くん」
「サボりか」
「え、疑問系ですらないの?まあそうだけど。剣城くんもでしょ?」
「まあな」
ドアに立ち止まったままだった狩屋が室内に入る。剣城も続いて入った。
「先生いないっぽいんだよね」
「好都合だな」
「いや全然。見てよベッド」
狩屋に言われた通りに剣城はベッドが並ぶほうを見た。そこにあったのは、カーテンが開け放たれているベッドが1つ。ほかの5つのベッドはすべてカーテンがしまっていた。つまり、使えるベッドはあと1つ。剣城と狩屋は顔を見合わせた。
「…剣城くんつかっていいよ」
「猫かぶりきれてねえぞ」
「しょうがないな、剣城くんがそこまで言うならじゃんけんにしてあげる」
何か言いたげだった剣城を無視して狩屋は手を出した。そしていきなりじゃんけんを始める。とっさに剣城も手を出した。
「……、ベッドどーぞ」
「顔」
「るっせ」
不機嫌な狩屋に見送られ、剣城は狩屋がソファーに寝転がるのを確認するとカーテンを閉めた。それから剣城はとくに寝るわけでもなく携帯をひたすらいじっていた。狩屋にばれたら怒られそうだな、なんてことを考えながら。
しばらくすると授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。剣城は携帯をポケットにつっこみ起き上がった。授業の途中で帰ってきていた養護教諭と軽く話し、剣城は保健室を出ようとしたがソファーの前で立ち止まった。タオルケットもかけずに未だぐっすりと眠っている狩屋に若干の罪悪感が湧いたのだ。とりあえず狩屋を起こして文句を言われたら謝ろうと、ソファーの前にしゃがみこんだ。
「(……)」
狩屋は多少性格に難があるものの、顔は十分整っている。霧野ほどではないがどちらかといえば女顔に近いといえるキレイな顔立ちだ。
剣城は狩屋の顔にかかった髪を除けてやり、観察し始めた。
自分とおそろいの下まつげ。ちょっとくせのある髪。まだ根に持っているのか、眉間に寄ったしわ。
「(かわい……くはないな絶対)」
ちょっとしたいたずら心で、剣城は狩屋の前髪を結んでみる。そして、自分の感情をごまかすように狩屋の眉間を人差し指で押した。
「ん…」
「起きたか」
「…なにしてんの」
さらに寄ったしわに笑いをこらえながら、剣城は指を離して立ち上がる。
起き上がった狩屋が目にかかってこない前髪の違和感に気付いた。頭に手を這わせ、変な位置で結ばれた前髪を解く。
「…おい」
「……」
「人が寝てるときになにしてんだ」
「ブッ」
「笑うな!」
解いた瞬間くせがついてしまった前髪が、まさしくぴょんという効果音がついているかのように跳ねた。最初は我慢していたものの、狩屋が動くたびに揺れるその前髪にこらえきれなくなった剣城がふきだす。狩屋の怒鳴り声と剣城の口から小さく漏れる笑い声に養護教諭が注意するのはそう先ではなかった。
「まじありえねー」
「意外とくせっけだな」
「文句あんのか」
「悪かったって」
完全に怒ってしまった狩屋とともにトイレに向かうはめになった剣城。水であとをとろうと必死な狩屋にまたふきだしそうになっている。
狩屋がちらりと横目で剣城を見た。隙を狙って狩屋は剣城の整えられた前髪に手を伸ばすも避けられてしまう。
「なんだよ」
「自分だけ無事とか!ズルイ、でしょ!避けんな!」
剣城の前髪を崩そうと何度も手を伸ばすも、全て避けられてしまう。舌打した狩屋を煽るように剣城は身長差だな、と鼻で笑う。狩屋はヤケになって叫んだ。
「かがめ!」
それに剣城が盛大に噴き出したのは言うまでもない。
「(やっぱこいつかわいい)」
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