名前を呼びました


「あ、やべ」


教科書忘れた、と狩屋は呟いた。しかも忘れ物にうるさい英語の先生の、だ。
狩屋がため息をつくと近くにいて一部始終を見ていた松風が提案した。


「剣城に借りてくれば?」


狩屋は松風の口から出た名前にドキリとする。


あれ以来、二人の間には何も起こっていない。


「(いや、あれは興味本意の一度きりだから他に何か起こってたらおかしいんだけど)」


しかし人間とは変に意識してしまうものなのだ。


狩屋はあれ以来剣城と会う度にもやもやとした何かを抱くようになった。やはりキスをしてしまったことで変に意識しているのだろう。


だが剣城は、全く以って普通だった。
自分だけが変に意識してしまう、と苛立った狩屋が部活中にボールを剣城の顔面に向かって蹴ったこともあった。あいにくそれは避けられたのだが、それを見て悪乗りした松風が蹴ったボールが剣城の腹にジャストミートしたのはまた別の話だ。


実際、剣城は表に出さないだけで内心は狩屋と同じくらい悶々としているのだが、狩屋がそれを知る由もない。


「(仕方ない…)」


松風にちょっと行ってくるとだけ伝え、狩屋は剣城の教室に向かった。剣城は見た目に反して意外と真面目らしいからきっとサボってないはず、と思いながら。


剣城の教室に着き、ドアを開けて中を覗く狩屋。目当てを見つけて眉間に皺を寄せる。やっぱり浮いている、と。
剣城は全く気にしていないようで堂々と携帯を弄っていた。


「ねえ、剣城くん呼んでくれない?」


狩屋はニッコリと猫を被ってドアの近くに固まっていた数人の男子生徒に声をかけた。
狩屋の口から出た名前に、男子生徒たちは顔を歪める。


「…剣城と仲良いのか?」
「やめとけよ」
「なんかあいつ怖くねえ?」
「制服とか見るからに不良じゃん」
「危ねえよ、絶対」
「それにあいつ…」


狩屋に口を挟む暇を与えずに、あいつはやめとけだのあいつは危ないだの。
確かに制服は一人だけ違うし、髪型や雰囲気もどことなく近づきにくい。携帯しか友達いないのかって言いたくなるくらい暇さえあれば携帯弄ってるし、自分から誰かと馴れ合ったりしない。
この男子生徒たちの言う通りだ。


だけど。


「もういい」
「え?」
「お前らうざい」
「「「…は、」」」
「邪魔、退いて。」


猫を被ることも忘れ、狩屋は携帯を弄る剣城の席まで歩いていく。
教室にいた人たちは狩屋の不機嫌そうな歩き方と表情に気付き、休み時間にもかかわらず喋ることを止め狩屋に注目している。
狩屋が前に立つと気付いた剣城は携帯の画面から顔を上げた。



「京介」
「………は」
「京介」
「…かり「京介」」
「…………」
「…………」
「…………」
「…マサキ?」


剣城は何も知らないなりに狩屋の表情を見て察した。何故名前呼びか、ということは狩屋にしかわからない。


「京介、教科書貸して」
「…何の?」
「英語」


剣城は机の中から英語の教科書を取り出すと狩屋に手渡す。
狩屋はお礼を言って受けとった。


狩屋は剣城に別れを告げて来た道を戻る。
途中であ、と声を漏らし立ち止まって振り返った。


「京介、今日昼ご飯一緒に食べような!」


さらに白ける教室。
剣城は唖然とし、慌てて「ああ」とだけ返した。
その返事を聞いた狩屋は剣城に向かって軽く手を振る。釣られて軽く手を振り返す剣城を見てその場を去った。
ドアの近くにいたあの男子生徒たちとすれ違う時は、勝ち誇ったように鼻で笑いながら。


未だ何も理解していない剣城がぽかんとした表情で狩屋が去った後のドアを眺めながら「なんだったんだ…」と小さく呟いた。


「…やっちゃったな」


狩屋は自身の教室に戻る途中の廊下で呟いた。
だって今よく考えるとわけわかんない、と。
何故名前呼びにしたのか、とか何故お昼を誘ったか、とかいろいろ。


理由はわかっていた。


あの男子生徒たちに見せつけたかったのだ。
自分のほうが剣城と仲が良いのだと、自分のほうが剣城のことを知っているのだと。それは、まるで子供じみた感情。


(あいつらの言う通りだけど、あいつらが剣城くんのこと語るのは、なんかむかついたんだ)


教室に戻った狩屋は英語の授業を丸々悩み続け、休み時間に教科書を返すついでに剣城の結われた髪の毛を思いきり引っ張った。


「痛い」
「全部剣城くんのせいだ」
「何の話だ」


ぐいぐい、と剣城の髪の毛を引っ張り続ける狩屋に剣城は放置を決め込んだ。
結局狩屋が何をしたかったのか、剣城にはわからないままだった。


「昼メシ行くぞ、狩屋」
「ちょっと待ってよ、剣城くん」








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