キスをしました


剣城は手が止まっている狩屋に気付いて立ち止まった。
場所はサッカー部部室。時間は部活が始まる10分前。同級生や上級生はすでに着替え終わってグラウンドへ向かった。


「…おい」


シャツに手をかけたまま動かない狩屋に剣城が声をかける。
無反応。狩屋の意識は上の空だった。


そういえば、と剣城は部室に来てから一度も狩屋の声を聞いていないことを思い出す。
狩屋自身あまり騒ぐタイプではないが、周りにいる松風たちに巻き込まれ嫌でも声を荒らげることが多くなるのだ。


「狩屋?」


その自然と耳に入ってしまう狩屋の声を一切聞いていない。だが松風たちは通常運転だった。そして何より名前を呼んでも無反応。
剣城が不思議がるのには十分過ぎた。


「狩屋」
「うわっ!?」


ぽん、と肩を軽く叩くオプション付きで再び狩屋の名前を呼ぶ剣城。
上の空だった狩屋もさすがにこれには気付き、本人にとっては急なことだっただろう、驚いて上擦った声を出した。


「な、何だ剣城くんか…何?」
「手、止まってたぞ」
「え、あー…」
「ちなみにお前最後な」
「え、」
「先輩たちはずいぶん前にグラウンド行った」
「え、」


周りを見渡し自身と剣城しかここにいないことを理解した狩屋は、あたふたと止まっていた手を動かし始める。
しかし焦りすぎて無駄な行動が多くなり全く着替えが進まない。そんな狩屋を見て剣城は小さく笑った。


「何考えてたんだ?」
「いや忘れて」
「そう言われると逆に気になる」
「忘れてよまじでお願い」


狩屋の必死の懇願も甲斐なく、剣城は折れない。
部活開始時刻を知らせるチャイムが鳴る。
剣城の「遅刻をうまくごまかしてやる」という言葉に狩屋が折れた。


「……笑うなよ?」
「内容による」
「うっわ、言いたくねー」


唸る狩屋を剣城が後押しした。
そして狩屋は剣城を睨むように渋々口を開いて、ぼそりと小さく呟いた。


「き、キスって、どんな感じなのかなって」


照れたようにそっぽ向いて言う狩屋にぽかんと面を喰らったような表情の剣城。
そして暫しの無言。狩屋はこの妙な雰囲気に、どうせなら爆笑されてからかわれるほうが何倍もマシだと思った。


「…ち、違うから!発情期とかそういうあれじゃなくて!昨日兄さんたちがお酒飲んで酔っ払ってその、き、キスしてたから!ちょっと気になっただけで!」
「落ち着け」


ああもうだから言いたくなかったんだ!と嘆く狩屋は羞恥心で目が潤んでいる。
それに気付いた剣城はどうフォローすべきか、と悩んだ。


「……まあ、興味持つのが普通だろ」
「!」
「逆に興味ないほうがおかしいんじゃないか?」
「だよな!?やっぱり剣城くんも興味あるよな!?」
「……まあ、一応男だし」


そっかよかったーと狩屋は安心したように笑いながら着替える途中だった自身のシャツに手をかけた。


「してみるか?」


「は?」と狩屋はまた手を止めて声が聞こえた方向を向いた。自分と剣城しかここにはいないのだから誰がその言葉を発したのかはわかっていた。


そしてその言葉を発した本人、剣城は内心焦っていた。興味本意で思わずぽろっとこぼれてしまったその言葉に。


「…したいの?」
「…今のは忘れろ」
「俺の忘れてくれなかったくせに」
「男なんだ、一度くらいやってみたいだろ」
「剣城くんてば変態」


開き直った剣城をニヤニヤと笑いながらからかう狩屋。剣城はため息をついた。何故あんなことを口走ってしまったのだろうか、と後悔する。


「…してみる?」


今度は俯いていた剣城が「は?」と勢いよく顔を上げた。
狩屋は照れてるらしく少し頬が赤いが、表情は真剣だった。


「興味だよ、キョーミ」
「…いいのか俺で」
「…そんなこと言わないでよ。何か緊張するじゃん」
「顔赤いぞ」
「うるさいな!仕方ないだろ!剣城くんだって赤いし!」
「見んな。目え瞑れ」
「う、え、ちょ、ま」


一度大きく深呼吸し、ぎゅっ目を瞑ってどうぞと言わんばかりに顎を上げる狩屋。
剣城はごくりと息を呑んだ。


そして、差し出されたそれに自身のそれを押し付けた。


「「…………」」


一定の距離をとってお互いに無言。
もう部活が始まって10分は経っているだろうか。
そんなことなど考える余裕はなく、二人は未だばくばくと鳴り止まない自身の心臓を必死に落ち着かせていた。


((緊張しすぎて何もわからなかった…!))


その後暫くして音無に見付かるが、剣城が遅刻をごまかすことはなかった。いや、できなかったと言うべきか。


グラウンドで音無と神童に見下ろされながら正座で説教されるところを見られ、松風たちに爆笑されるのは数分後の話。








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