■ペダル荒北と福富姉2
荒北さんと福ちゃんのお姉ちゃんの話を中編で考えてたけど1話で止まったのでこっちにぶちこんで放置しとく。
一瞬だけ触れた温もりと鼻を掠めた匂い。何を言われているか理解ができなかった。
この女は誰だ。何がどうなった。今何が起こった。この女に俺は何をされた。
ただ呆然と目の前の女を凝視していると、女は笑って俺の腕を掴んでいた手を下ろした。
「ごめんね」
勢い余ってつい、なんてケラケラ笑っている目の前の女と未だに理解が追いつかない俺。
なんでこうなったんだっけ。
中学の時に大切なものを失って荒れて、高校で福富寿一と出会って勝負に負けて、自転車に乗るようになって自転車部に入部して、運動神経は良い方だと思うけど自転車にそんなの関係なくて、明らかな経験不足と実力不足を補うために誰にも見られないように夜に一人で練習するようになった。
そしてその練習中、水分補給のためにいつも立ち寄る小さな広場にある自動販売機。今日もいつものようにスポーツドリンクを買おうとポケットに手を突っ込んでから金を忘れたことに気がついた。ガシガシと頭をかいて悪態をつきながら乱暴にベンチに座った。そうだ、そしたら隣のベンチに座っていたこの女が立ち上がって言ったんだ。
「スポーツドリンクでいいよね?」
「…あ?」
何言ってんだこいつ、だとか誰に言ってんだ、だとかいろいろ思うことはあったが、俺が反応する前に女は自動販売機でスポーツドリンクを買い、俺に向かって投げた。
「うおっ」
「お、ナイスキャッチ!」
女はさすが運動部、なんて笑いながら俺の隣に腰を下ろした。
「そんな睨まないでよ、ただの差し入れ」
「…誰だテメエ」
「通りすがりのお姉さんです」
「いらねえ返す」
そう言って俺が席を立とうとしたら女は慌てたように俺の腕をつかんだ。
「ね、ちょっと話そ?」
「はあ?」
「ちょっとでいいから!スポーツドリンクの貸し!」
「テメエが押し付けたんだろ!」
「でもお金なくて困ってたでしょ?」
俺が言葉に詰まった一瞬の隙をついてこの女はしっかりと両手で俺の腕をつかみ、じっと見上げてきた。
「…俺になんか用かよ」
「んー用っていうか、話してみたかったっていうか」
「ンだそれ」
「なんだろうね?」
にこにこと上機嫌に笑う女とは正反対に眉を寄せ一気に不機嫌になった俺。意味わかんねえ。
「用がねえなら離せ帰る」
「あっ待って!あのね!」
女は掴んだままの俺の腕を引っ張り、そして。
「一目惚れなの」
俺にキスをした。