僕には好きな女性がいる。僕はまだまだ子供だけれど、彼女は女の子、という雰囲気じゃなかった。
それでも僕は、彼女が好きなのだ。
いつだったか、それを姉に促されて、しぶしぶ打ち明けたことがある。姉はけらけら笑ってこう言った。
「年上の女性が好きなんて、ませてるわねえ」
「そんなこと関係ないよ」
「愛の前には年齢なんて関係ないって? どこでそんな台詞覚えたのよ」
あんたってロマンチストね、と姉は身を翻した。その白さは、僕が言うのもおかしいけどきれいだと思う。まあ、僕は彼女の弾けるような笑顔に勝るものはないと知っているけど。彼女の快活な愛と表情は周囲を幸せにするのだ。
そんなことを思い出しつつ、僕は愛しの彼女に逢いに行こうとしていた。この時間なら、きっと誰にも見つからずに彼女を見ることができるだろう。うららかな陽射しのなかで微笑む彼女を陰から見守るのが、僕の精一杯だった。
「おい、何やってんだ!?」
そうして出掛けようとしていると、背後から乱暴な調子で呼び止められた。いつもよく遊んでいるやつだ。でも、今は勘弁してほしい。
「どっか行くのか?」
「あ、うん、ちょっとね」
「どこ行くんだよ? オレ、今ヒマなんだって」
「うーん、ほら、あそこの畑だよ」
行き先は本当だった。彼女はいつもあそこにいるのだから。ただ、これを言えば僕が遊んでいる場合じゃないこともやつは理解するだろうと思って言った。
それなのに、やつはふわりと飛び上がると、
「じゃあ、畑で遊ぶ! どっちが先に見つけるか競争な!」
言うがはやいか、さっさと行ってしまう。まったく、楽しいやつだけどちょっと能天気すぎるのだ。しかも、あの広くていろんなもののある畑でかくれんぼするのは、僕らにはけっこう見つけるには難しい気がする。
まあいいか、と僕はのろのろと畑に向かった。行けば、彼女には逢える。あんまり子供っぽいところも見せたくはないけれど、仕方ないだろう。
そう考えて僕はやつを探した。あんまり大声で叫んだりしないようにしながら、慎重に。そして、時たま視界のすみっこに彼女を捉えては、さっと身体の向きを変えた。彼女は僕に気づいていないみたいだから、まあ目的は果たせたのだ。
「でも……やっぱり、難しいって」
小さな僕たちには、かくれんぼの場所も小さなものが必要なのだろう。もうかなりの間やつを探しているが、一向に見つからない。少し苛立ってきた僕は、知らず知らずのうちに彼女の近くに来てしまっていた。
「ねえ、そこの僕」
遠くでしか聞いたことのなかった彼女の声。それがすぐ後ろからしたので、僕は心臓が飛び出そうな心地を味わった。
「さっきから、何をしているの? 探し物?」
「い、いっいえ! なんでもないです!!」
「そう?」
じゃあ暇なのかなと彼女は言う。僕はとっさにうなづいてしまい、後からちょっと格好悪かったかなと悔やんだ。しかし、彼女が笑ってじゃあこっちにいらっしゃいなと僕を誘ったので、そんな後悔はどこへやら、再び心臓がばくばくと鳴る。それを押さえつけるようにしながら彼女の隣に行った。
「で、なにか探してたの?」
「いえ、ちょっと」
「お友達と競争でもしてた?」
「え……、はい。でも僕、争うのって嫌いだから」
降り注ぐ陽射しと、彼女の優しい口調。つい口がすべってしまう。あとから少しだけ大人っぽいことを言って、まるきりの子供でないことを念押しした。彼女は微笑む。
「人道主義なのね。でも、そういうことはあんまり言わないでした方が素敵よ。仕方なくやってあげるときも、黙ってやるの。何かをはっきり宣言する前に黙ってやってる人って、素敵」
彼女はそう言って空をあおいだ。僕は何も言えなかった。その話はわかるようなわからないような話だった。だけど、彼女がそう言うのなら、僕はそんな人になろうと思った。
「わかったよ」
「――そう。じゃあ、約束ね」
彼女の身体がかすかに揺れた。僕はまたやつを探しに動き出す。春の風に舞い上がると、後ろから彼女が不言実行よ、と声をかけてくれた。
それから、数ヶ月。
きっとあの春の陽射しに恋していた彼女は、夏を迎えるころに枯れてしまった。こぼれんばかりの輝くあの黄色い花は、もう見られない。
けれど僕は、今も彼女の言葉をときおり思い出しては、黙って白い羽を羽ばたかせているのだ。
それが僕の、小さな幸せ。
企画「色糸」さまに提出。
今回はお題ページにある花言葉と色言葉を全て文中に組み込んでみました。