飛び切りの笑みを彼女に向ける

覗き込んだ教室には癖の強い黒髪で、細身な女が紙の山に囲まれて座っていた。後ろ姿で顔は見えない。もう一度声を聞きたいと息を潜めて伺っていると、
バチン
冷房の切れる音がした。
「本当最悪...面倒くさっ」
ソプラノな美しい声からそのような言葉が紡ぎ出される違和感。しかし悪態をつく事に慣れている雰囲気に好奇心が湧く。
「ふざけるなよ...自分ですればいいのに、あの野郎」
こいつだ。こいつなら大丈夫。いや、こいつしかいない。
何故か直感的な物を感じた。
きっと今まで連れて来たヤツらは綺麗過ぎたのだ。完璧過ぎたのだ。この女は完璧では無いが、完璧を繕う術を知っていて、身に付けて、使っている。
花宮だけでない。他の奴もきっと認めるに違いない。
決まれば速かった。全て憶測の中で決めたが間違っていないと思えた。
扉を勢いよく開け、
「おい」 と声を掛ける。振り返ったそいつの顔を前髪越しに見て、目を見開く。驚いた。一目惚れが現実世界に有り得るのだと。
身長は平均より高めだが、腕にすっぽりと包めそうな華奢な身体。白い肌に赤みのさした頬。後ろ髪より癖の強い前髪が緩く額を覆い、下がり気味の眉を隠す。癖毛の黒髪に包まれるように覗く一重の黒目。急に現れたオレに驚いたのか潤んだ黒目が大きく揺れる。
数秒見つめ合って、すぐに彼女は驚きの顔をしまい込むように美しい顔で微笑んだ。「何かご用でしょうか?」
あぁ この人はこの顔を使う事に慣れているんだ。と感じる。周囲はこの演技に流されてしまうだろうが、オレは違う。オレは見た。彼女の黒い部分と言うべきか、隠してる部分を。
「いーよ、猫被んなくても。」

飛び切りの笑みを彼女に向ける。



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