彼に会いたい

『木吉鉄平』と書かれた札の入った扉の前で一つ深呼吸をする。病院独特の消毒薬の匂いが鼻を突く。早まる心臓を落ち着けようと片手を胸に置いて笑顔の練習。一連の動作を見れば彼女のようだ。まぁ私はあんな熱血で聖人ぶった奴と付き合いたくないし、木吉もそうだろう。くだらない事を考えていると心臓の動悸が収まっていく。
さぁ、犯した過ちを見に行こう。私が貴方を支えるから。
花束を抱えなおし、そっと白い扉を開ける。目線が合う。
「失礼します。」
「霧崎のマネージャーさん。お見舞いに来てくれたんですか?」
馬鹿か。わざと怪我させたのに見舞いに来る奴がいる?お人好しなんだから。
「それに近いですかね。」
ハサミを鞄から取り出し、ケースから抜き取る。花瓶借りますね と言いながら萎れた花と私のを入れ替える。水の中でジョキンと茎を切り、生けた後 水滴のついたハサミを拭きながら 笑顔で振り返る。
「一応自己紹介を 森下千夜です。遅くなりまして、申し訳ありません。私なんかがここへ来たら貴方の友人達と衝突すると思って」
「いいですよ。変に猫被らなくて。」
「え?」
「わざわざここへ来た理由が知りたい。」
何だ 気付かれていたのか。私の猫被り能力(何だそれ)衰えてる?
チラと木吉の足元を見る。毛布が被せてあるせいでよくわからないが、リハビリに移れていないと言う事は予定していたより 重い怪我を負わせた模様。ま、置いといて。バレてるなら話は早い。元からイイコちゃんを演じ続ける気は無かったし。
「あんたに頼みたい事があるの。」
「何ですか。」
「あんたの膝が元々壊れかかってた事、誠凛バスケ部の弱点や情報を花宮に教えたのは私。私が花宮に助言した。恨むなら花宮だけでなく私も恨めよ。」
「謝りに来たのかと思ってました。」
ヒュッ 手にしていたハサミをヘラヘラ笑う木吉の目の前に突きつけてやる。
「ふざけるな。謝る?私が?はっ、おもしろーい。面白過ぎて反吐が出るわ。私はそんな愚かな事しない。それより返事。さっさと答えて。」
「ん?オレは誰も恨んでませんよ。」
予想通りの返事に吐き気がした。ひらりとベッドに乗り、木吉に馬乗りになって押し倒す。体勢を移動している間もハサミは目の前に突きつけたままだ。
「すごい身体能力ですね。」
「話を逸らすな。」
ハサミを枕に突き立てる。
自分の身は自分で守らなければならない。王子様なんていやしないのだから。それは中学の時身を持って知った。だから私は人体の仕組みを勉強したり、身体能力を上げて来た。つきりと痛む腹を無視して、空いている方の手で木吉の膝をシーツ越しに触れてみる。歪む木吉の顔。直に触れた訳ではないので詳しくはわからないが反応を見ると手術が必要だ。早まる心臓。焦りを悟られないように。
「いいから憎めよ。私を恨んで。」
「オレは誰も憎みません。憎むとしたら 貴女たちに力及ばなかったオレ自身です。」
うざい。何こいつ。うざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざい
「ふーん、そか。いつまでお人好しぶれるかな?鉄心さん?」
ハサミを目元に移す。
「貴女の望みがオレに憎んで欲しいと言うのなら オレは貴女を許します。そうする事が....」
あんたの復讐ってことか。
「あぁそう。じゃあ死ね。」
ハサミを振り上げ顔面に叩き込む。最低限の動きだけでそれを躱した彼は目元を流れる血を気にせず言った。
「愚かな事はするな。虚しくなるだけだ。」
どうして?そんな聖人ぶれるの?私のした事は十分非難の対象になる事なのに。
「木吉〜、カントクから伝ご....何してんだ てめぇ!!」
日向順平が私をベッドの上から引きずり下ろす。
「チッ今日は誰も来ないと踏んでたのに...鉄心あんた才能も人望も恵まれてんだ?ホントムカつく。」
「無視すんな 何してんだ!?」
「何って、お見舞いですよ。」
両手を上げて手を振る。にこりと微笑めば、怒りから戸惑いに変わる日向の顔。
「お見舞い?そ、そうか。...ハサミって...木吉 おま そっちの趣味あんの?この人誰だよ。もしかして か、彼女?」
「ん?まーそんな感じか?」
どんな感じだ。断固拒否するわ そんな事。
「こんにちは、 霧崎第一 バスケ部マネージャー の森下千夜です。」
会釈をし、顔色をうかがうと釈然としない様子。あ、そうかこの格好で会った事無いから(木吉は一発で気付いたけど)
鞄からメガネを取り出し、髪を束ねてくくる。前髪を耳にかけて、あの試合の時に見せた笑顔を作ってあげる。
「この間はどうも。その後おかわりありませんか?日向順平君?やはり木吉さんの抜けた穴は大きかったらしいですね」
「お前...よくも...」
戸惑いから再び怒りに変わる。わっかりやすいなぁ。
「よくもあんな卑怯な事して、木吉の膝を壊しやがった分際で、見舞いになんか来れたな!?」
振り上げられる手。喧嘩慣れしていないのか迫って来る拳は余裕で避ける事の出来るものだった。が、敢えて避けずに日向を見据える。感情に歪んだ人の顔は好き。その原因が自分なら尚更。
「辞めるんだっ日向!」
木吉の声と頬からの鈍い衝突音が同時に耳に入る。その後に飛んだメガネが重力に従って地面とぶつかり 砕けた音が続く。
あーあ メガネ割れちゃった。口の中に広がる鉄の味に顔を顰める。日向の荒い息遣いが収まるのを待たずに口を開く。
「気分は晴れましたか?」
「は?」
「気分は晴れたかって聞いてんの。私は唯のマネージャーです。選手の体を気遣って、情報収集して、ラフプレー働いた選手の手当てをして...そちらのカントクの相田リコさんのように作戦には関わってません。ベンチで応援するしか出来無い、木吉さんの膝と直接関係無い 無抵抗の女の子を殴って楽しい?貴方が今やった事はラフプレーと変わり無いよね?それとも正しいと思ってるのかな?正しいの?ねぇ、答えて。答えなよ。答えろよ。」
「黙れ。」
私の正論にも聞こえる問い詰めに 木吉は冷えた声で制す。枕からハサミを抜き、花瓶の横に置いていたケースにしまって、 私に放り投げた。
「前言撤回だ。恨む価値が無いんだよ、お前なんか。消えろ。」
「ふはっなぁんだ そんな顔も出来るんだ。あははははははははははは。」
お人好しな木吉から憎しみを引き出せた達成感。
私が笑う。木吉が呻く。日向が怒鳴る。
ここは病院ですよー 皆うるさいなー。
「そうだ、日向君。あんたに頼みたい事があるの。」
切れた唇の方を態と彼に向けながら話せば 私から目を逸らして
「...んだよ。」
と呟いた。やっぱり人を傷付ける事に慣れて無いね、こいつ。
「木吉さんにさーバスケ人生奪ったのは花宮だって自覚させてよ。それで憎むよう頼んで欲しいの。花宮と私を。」
「何でお前の言う事聞かなきゃなんねーんだよ、ダァホ。」
「憎んでって言ってんだからいいでしょ?そこの変人どMさんは私らの事恨んでないって言うんだもの。 あー、自分より仲間傷つけられる方が怖いみたいだし、あんたを刺せば━━━...やっぱりね。さっきの聖人ぶった貴方はどこに行ったの?鉄心さん?」
日向に向けたハサミを下ろす。
殺気を受ける事にも慣れて無いのか呆然と私を見る日向に微笑む。
「安心して?冗談よ。」
肩に手を置き 背伸びして耳元に口を寄せ る。怒りとは別の感情で赤らむ耳に女慣れもしてないんだと呆れながら囁く。
「あんたは次コートで会えたなら壊してやるよ。それまでにせいぜい花宮の目にかけて貰えるくらい実力着けな。木吉が抜けたくらいで負けるあんたなんて眼中に無いの。壊されてもいないあんたが花宮を恨むなんて笑えるね。木吉の為?赤の他人の気持ちになる事は出来無いのに それを“友情”だと言うあんたの思考回路にまた笑えるわ、馬鹿馬鹿し「森下...」
木吉が冷えた声で私を呼ぶ。手には花瓶。それは不味いよ〜。
「はいはい、お望みどおり消えますよ。」背を向け一直線に出口へ。扉を閉めながら振り返り、隙間から顔を見せ、
「本当は...謝りに来たんです...私っ私っ......なァんて言うわけねェだろ バァカ。」
と言ってやった。私は今 綺麗に笑えているだろうか。わからない。わからないわからないわからない。
階段を駆け下り 廊下を走り 病院を飛び出して、真っ赤な夕日に目が眩んだ。誠凛戦との帰り道に見た物と変わり無い真っ赤な光。最後 病室で見た二人の表情。あの二人、微笑んでいた。許そうとした。その後続いた言葉に日向は顔を歪ませたが...木吉はわからない。見たはずなのにぼやけて思い出せない。
「馬鹿馬鹿しい」
花宮に会いたい。
私は間違っていないと居場所を与えてくれる彼に会いたい。




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