貴方

「凪斗ー!!」
「また来たの。予備学科のくせに」

凪斗はいつもどおりチラ と視線を向け すぐに戻した。

「顔に汚れついてるよ、間抜けだね」
「え?嘘!?」

ポケットから手鏡を取り出して確認すれば右頬に機械油がついている。
(左右田クンに口をおさえられた時についたかな?)
借りたばかりのタオルを使えば凪斗はじっとこちらを見つめた。久しぶりに正面から見た凪斗の灰色がかった緑の瞳に頬が熱くなる。
(凪斗の視界に一秒以上いれたのなんていつぶりだろう?)
ここに来る前に何か不運にでも逢ったのだろうか?もしかしたら今日はおいしいと言ってくれるかもしれない。
急いでお弁当箱を取り出して差し出す。

「今日もおかずいろいろ作ってきたから食べて」
「毎回鬱陶しいよ」
「今日のは絶対にまずくないから!他の人のお墨付きだもん」
「............誰?」
「ん?」
「なんでもないよ」

立ち上がり細長い指が伸ばされる。白魚の指とでも言うのだろうか。凪斗って本当どこもかしこも綺麗だ。その指はお弁当箱でなく 私の頬をなぞった。

「!?」

頭を強く殴られたような衝撃が走る。凪斗に触れられるなんて何年振りだろう?息ができない。

「ナ...ギ...ト」

はくはくと口を動かしてやっと声と出た。無表情に指を頬から本来耳があるべき場所に髪の間から滑り込ませる。
一瞬。ほんの一瞬だけ凪斗の眉がよった。私が凪斗の表情の変化を見逃すはずはない。だって大好きなんだもん。

「もうここに来ないで」

温度を無くした声で私を見下ろすと背を向けて歩き出した。

ねぇ凪斗。突き放したつもりでしょう?だけど凪斗の瞳が揺れているのを見たら私諦められないよ。背中に声かけ。

「凪斗ー!!大好きー!!」








「た、ただいま...です」
「おう」

通り道にしていい の言葉に甘えて戻れば左右田クンは作業を中断して返事をくれた。

「あ、あの 残りのお弁当ここで食べてもいいですか?」
「油くせーのが気にならねぇならいいぜ」
「あ、ありがとうございます」
「地べたに座るなよ。これ下に敷いとけ」

汚ねえけどないよりマシだろ と差し出したのは左右田クンのジャージ。

「そそそんな悪いですよ!!場所を提供してくれただけでも「同い年なんだから敬語止めろ。後その吃りグセなんとかなんねーの?」
「.........ごめんなさ...ごめんね。私少し人見知りで緊張しちゃって」
「そんなヤツが毎日柵乗り越えてやって来んのかよ。やべーな」
「凪斗の事となればなんでも出来るもん!!」
「あんなヤツのどこがいいんだか。とりあえずそこ座れよ」
「ありがとうござ...ありがとう」
「おう」

観念して座るとニカッと笑ってから左右田クンは作業に戻った。

「何作ってるの?」
「バイクのエンジンを改造してんだ。この前作ったのは計算上780km/h超えだからな。今回のはそれを超えてやる!!」
「ほぇー...何が何だかわからないけどすごいね」
「だろ?」
「でもバイクなのにそんなにスピード出して大丈夫?生身で乗ったら衝撃酷くない?」

左右田くんは私の言葉に顔を歪ませた。え?何かまずい事言った?

「いいんだよ。オレが乗る訳じゃねぇし」
「ええっ!?」
「オレ乗り物酔いひでーからな」
「えー...」
「なんだよその目は。呆れてるんじゃねぇよ!乗り物は速けりゃ速いほどスゲーだろうが!!」

私には男の子の考えがわからないけど、そう言うものなのだろうか?

「その考えで行くと一番すごい乗り物はロケットだね」
「!?」

次は驚いたように大きく目を見開く反応にまた何か言ってしまったのかと口を噤む。

「お前、よくわかってんじゃねぇか。そうだよな。乗り物連鎖の頂点はやっぱロケットだよな」

杞憂だったみたいだ。キラキラと目を輝かせ 手を握ってぶんぶんと振ってくる左右田クンは夢見る少年のようだ。乗り物連鎖なんて言葉、初めて聞いた と考えていると予鈴が聞こえて 慌てて立ち上がる。

「じゃあまた明日ね」
「またな」

そしてそのまま工場を後にした。



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