貴方
二人の男の子の追跡から逃げている途中、いきなり腕を強く引かれる。
(捕まった!?)
慌てて反抗しようとすると大きな手の平に口を覆われた。
「!?」
急に暗くなった視界に続いてバタンと扉の閉まる音。どこかの部屋に引きずり込まれたのだろうか?
「んー!!んー!!」
「静かにしてろって、匿ってやっから」
耳元に切羽詰った男の子の声が響いて 私は抵抗を止める。バタバタ通り過ぎる二つの足音にホッと安堵の息を漏らすと口を覆っていた手が離れた。ムアッと機械油の臭いが鼻をつき 顔をしかめる。カーテンの音とともに明るくなる室内。振り返れば遮光カーテンの側に奇抜なピンク色の髪にツナギ姿の男の子がこちらを見ていた。
「あ、ありがとうございます」
軽く頭を下げると
「別にいいって、オレもアイツらには困らされてるしな。ったく、後輩のくせにオレの髪色に文句付けやがって...ま、あんなヤツのこたーどーでもいいぜ。オレは左右田和一っつんだ。超高校級のメカニックって事でよろしくな」
笑顔で返された。なるほど。所狭しと並べられてる物体は全て機械の部品なのか。この臭いも仕方無い。しかし 本科生になると才能に見合った設備まで用意されるんだ。
一人で自問自答していると
「お前は?」
とあごを突き出して促された。
「...ええっと亜神田木巴、2年、予備学科です。」
「は?」
さっき 嘘をつこうとして失敗したんだ。正直に言おう。この人は派手な見た目の割に優しそうだし、もしかしたら見逃してくれるかも。
「よ、予備学科なんです。言いつけないでください!私は凪斗に会いたいだけなんです!」
「凪斗って狛枝凪斗の事か?」
「しっ知ってるんですか?」
「あ〜まあな、同じクラスだ。で?狛枝に何の用なんだ?」
「お、お弁当の差し入れです。凪斗自分に無関心だから放っとくとちゃんと食べないので...」
「ふーん」
「ほ、本当は凪斗に会いたいだけ...なんですけど。それだけなので見逃してください!」
「見逃すっつてもよー」
頬をかいたと同時に左右田クンのお腹からぐぅと漏れる。
「あ、あの私が作ったので良ければ食べますか?」
「いいのか!?」
「は、はい。多めに作ってるので」
「助かったぜ。前の時間自習でさ。ずっとここに閉じこもってたから飯食いに行くタイミングなかったんだよなー」
「えとえと...走り回ったので形崩れてますけど...どうぞ」
「おう、ふわあああ〜うまそ〜。いただきます」
「!!?」
キラキラと目を輝かせながら覗き込まれて驚いてしまった。
「うめーな。花村には及ばねーけど料理の才能あるんじゃね?」
「!!?」
「...ってお前どうしたんだよ」
ボロボロと涙を零す私に左右田クンは一瞬戸惑ったけれどタオルを差し出した。
「よごれてっけどないよりマシだろ?何が悪かったんだ?花村に及ばねーって言ったせいか?でもアイツ超高校級の料理人なんだぜ。勝てる訳ねぇって」
ゆっくり首を横に振って涙を拭う。
「お、おいしいって言ってくれたのが嬉しくて」
「は?」
「な、凪斗いつも『まずい』しか言ってくれないから」
「なあ、お前と狛枝ってどんな関係なんだ?」
「お、幼馴染みで私の片想い」
「......なるほどな。つれーよな。聞いて悪かった」
「ううん、平気です。」
「そうか。で、今日はどうすんだ?狛枝の所行くのか?」
「い、行きたいんですけどここからどう行けばいいのかわからなくて」
「どこに行きてーんだ?」
「えと、校舎裏の大きな木がいっぱい植わっている所にあるベンチです。いつも日陰で人通りも全くないと言っていいくらいの場所なんですけど」
「そこならここ出て左曲がった所だぜ」
左右田クンは入って来たのとは逆の扉を指した。どうやら逃げ回っているうちにスタート地点近くまで戻ったいたらしい。
「あ、いつも聞こえてたのはここの機械音だったんですね」
「オレもあの変人がこんな近くで毎日昼食ってたって知って驚いたぜ」
「へ、変人?」
「あーいやなんでもねー。弁当うまかったぜ、ごちそうさん」
「あのあの、タオル洗って返しますね」
「別にいいって」
「だっダメです。左右田クンには私がこれからも本科に侵入する事を黙っててもらいたいですから」
「ならさ、これからはオレの分も昼飯作って持って来てくんね?」
「え?」
「そしたらここ通り道にしてやってもいいぜ。オレらが今入って来た方の入り口の前は本科と予備学科の敷地の境目だし、人目もねーし」
「い、いいんですか?」
「おう!」
ぐっと親指を立てて笑うと特徴的なギザギザの歯が綺麗に並んだ。
「あ、ありがとうございます。左右田クン!」
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