座り込んだ事でより近くなった両親の死に顔。思考停止しそうだった私は耳に響いた声に震えながら問うた。

「ナ、ナギト?」
「一足遅かったみたいだね。いや、丁度いい所だったのかなぁ?」

目元まで覆う黒いマスクを下げ、帽子を脱いだ凪斗は白い髪を揺らしながら笑った。

「いくら股の緩い君でも両親が殺人犯に自分を売る所なんて見たくないでしょ?」
「な、何言ってるの?」
「君の素晴らしく立派なご両親は銃を突き付けられて、金はいくらでも払うから見逃してくれと言ったんだ。まぁここまではごく一般的な命乞いだね。普通過ぎて眩暈がするよ!で、ここからが本題なんだけど、ボクがお金で動かないとわかると何をしたと思う?『うちの娘は超高校級の舞台役者として希望ヶ峰学園に通っている亜神田木巴だ。美しい娘だ。望むなら娘をやる』ってさ。あははは。最っ高に傑作だね!これは笑うしかないね!」
「…………」
「娘も娘なら両親も両親だね!いや逆かな?超高校級に泥を塗ってくれて心から軽蔑するよ!ボクが見た目だけじゃなく性に関してまで醜い予備学科を望むなんてありえないのに!」

凪斗が何を言ってるのかわからない。いや、わかりたくない。絨毯に広がっていく赤が座り込んだ私の足元まで範囲を広げた。

「それよりさあ。どうして巴ちゃんがここにいるの?憎くて愛しい彼女から聞いた?それとも暴動に巻き込まれない為に自分だけ逃げて来たの?羽織ってるスーツは君が股を開いた予備学科のものかな?あははは。ビッチな君は彼を見捨ててここまで来たんだ」
「凪斗?何を言ってるの?」
「惚けても無駄だよ。ボクは見たんだ。君が自室に予備学科を連れ込んでセックスしてる所をね。それもほんの4,5時間前の事だ」
「…………………………………………………………は?」

凪斗は変わった形の熊のデザインの鍵を取り出して振ってみせる。

「この鍵は学園のどの扉でも開けれるんだ」
「それで覗いたの?」
「………………………………」

黙り込む凪斗にああ、見られてしまったんだと悟る。

「無理矢理犯されてるなら助けなきゃと一瞬でも思った自分が馬鹿らしいよ。ボクの事を散々好きだと言ったその口が予備学科に媚びて、よがっていたなんて。不愉快極まりないね」

私に反論する権利なんてない。凪斗が好きなのに他の男の人に抱かれた事実に変わりはない。





「ねぇ…否定してくれないの?」
「え?」
「ボクから逃げないって言ったのは君でしょ!」

ガツンと頬に重い痛みが走る。床に倒れ込んで凪斗に初めて殴られたと自覚した時、

「ボクの事、好きなんでしょ!」
「うぐっっ」

お腹を抉るように蹴り飛ばされ、身体が宙を飛んだ。

「なのにどうしてボク以外を見るの?どうしてボク以外に愛情を向けるの?」
「がっっっ」

痛みに身を縮こませたところで左肩を強く踏まれ仰向けに転がされた。

「ボク、だけを、見て、ボク、だけを、見てッ」
「あっ、がっ、ぐっ、ぎぃっ、んぐっ、がぁっ」

言葉の合間に何度も踵を振り下ろされて肩が悲鳴を上げる。

「でもね」

左腕が全く動かなくなった頃にぴたりと踏み付けが止まった。

「今までボクの才能のせいで散々酷い目に遭ってきた君に、ボクから愛情を注がなかった君に、愛されたいと願うのは間違いなんだ」

痛みで視界に白い火花が散っている。
違う と 凪斗が好きだ と言いたくても口から零れるのは泡ばかり。

「それにね」

凪斗は美しく微笑んだ。その造形の一つ一つに痛みを忘れて見惚れる。

「愛情はすぐに消えてしまうけど、嫌悪はなかなか消えないんだって」

ぎゅっと自分を守るように腕を組んで高らかに叫んだ。

「だからボクは君に憎まれるよう努力するよ!君に嫌われるのは絶望的だけど、ボクの事を世界一嫌ってボク以外の事を考えられなくなってしまえば君の世界はボクだけで完結する!」

じわりと涙が滲んで零れ落ちた。

「泣くほどボクが憎い?いいよ。もっと嫌ってよ」

違う。私への愛を言葉にしてくれて嬉しいの。

「ボク以外見れないように、君の大切な人をボクが殺してあげる。君の幸せのためボクから突き放したのが間違いだったんだ。そのせいで君はボク以外に愛を向けるようになったのなら昔のように2人きりの世界をつくればいいんだ。両親の次は君を抱いた予備学科なんてどう?」

「!!?」

凪斗は日向クンとイズルクンが同一人物だと知っているのだろうか?

「ああ、それとも君のその硝子玉のような目を潰せばいい?一番最後に写ったのはボクになるし、君はもう誰も見れない。最高だよ」

うっとりと吐息混じりに囁かれる。凪斗がそれで満たされるのなら私はいいよ。でも、潰される前にしっかりと凪斗の全てを刻み込まないと。見えなくなってもずっと思い出せるように。

「でも、まずは…」

恍惚とした表現から一転して冷めた瞳で凪斗は鈍く光る銃を私に向けた。

「上書きしなきゃね」

ぐじゅぐじゅと血の滲む絨毯を踏みしめ、銃を構えたまま凪斗はこちらに向かってくる。上書きとはどう言う事だろう。呆気に取られていると足を強引に開かれた。

「凪斗!?」

異常事態なのに、凪斗に下着を見られている現状に顔が熱くなる。狼狽える私を変わらない冷めた瞳で見つめながら更に下着を取り払った。

「ひゃあっ!」

外気にさらされて羞恥と寒さにぶるりと身体を震わす。恥ずかしい。凪斗に見られている!

「ああぁっ!」

いきなり指を2本捻りこまれたかと思えば、ぐっと拡げられて引き攣った痛みが身体を駆け抜けた。

「…本当に、セックスしたんだ。膜が…ない」

瞳以上に冷めた声にぞわりと恐怖が走る。反論は出来なくてもせめて許し乞おうと開いた唇は凪斗の指の変わりにあてがわれた銃先に言葉の行き場を失った。

「い、や…いやだいやだいやだいやだいやだ何するの?凪斗やめてやめてやめて!!」
「あっははははははははははははははははは絶望的だね!さあ、その先に輝く希望をボクに見せてよ!希望は絶望を乗り越えてこそ、より輝くんだ!」

痛む左肩を庇いながら身を捻る。それでも容赦無く侵入してくる銃身に絶望しながら呟いた。

「ナ…ギ…ト……ねぇ、いつからそんな考え方に、変わっちゃったの?」
「は?」

凪斗の腕が止まる。それでも変わらず痛みを伝えてくる下半身に耐えながら続ける。

「凪斗は希望と希望のぶつかり合いの末に絶対的な希望が生まれるって信じてたよね?絶望を乗り越えて輝く希望なんて、希望を愛してる凪斗らしくないっあぐっ!!!」
「黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇえええっ!ボクは絶望なんてしてない!」

冷たい銃身が身体を切り裂く痛みに、凪斗の狂気的な表情に、どうしてこうなってしまったのだろうと、絶望する。両親の命を奪ったであろう銃に犯されながら、これだけは伝えなくちゃとひっきりなしに続く悲鳴の隙間から零す。







「ナギトアイシテル。」



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