「トモエ、トモエ。起きなさい」
「んぅ?」

薄く目を開けば窓から差し込む薄明かりの中ところどころ赤黒くなっているシャツを羽織ったイズルクンがこちらを見ていた。

「今、何時?」
「午前4時です。起き上がれますか?動けるなら服を着てください。急いで」

少し腰は痛むけど、全くベタつかない身体にイズルクンが拭いてくれたんだと気恥ずかしくなった。傷だらけの身体を見ても何も聞いてこない優しさにほっと安心する。

「時間がありません。はやく」

どうして急かされているのかわからないけど「まさかこんなはやくに暴動が起こるなんて」と不穏な言葉を呟くイズルクンの言葉に従って服を着る。

「これを」

差し出された黒いベストに首を傾げれば、

「防弾チョッキです」

と淡々と告げられた。

「防弾!?」
「ないよりはマシでしょう。はやく」
「え?え?」

訳が分からない。戸惑いながらも身に付けてイズルクンを見上げると、ふわりと肩に掛けられた黒いスーツ。

「汚れていますが我慢してください」
「イズルクン?」
「行きますよ」

手を引いて扉へ走り出した彼はドアノブに手を掛ける前に急に立ち止まった。

「ぶっ」

その背中に顔からぶつかってしまう。

「危ないよ、ねぇ、何があったか説明し…きゃあ!」

私を横抱きにすると、くるりと方向転換し、そのままシャワールームに向かい通気孔へ押し込んだ。

「いてっちょっとイズルクン?説明して…」

続いて通気孔に登ってきたイズルクンを問い詰めようとした時、

ドオオオォォン!

大きな衝撃音。開きっぱなしの通気孔から下を覗けば、

「は?」

もうもうと立ち込める砂煙と大きく穴の開いた壁。何があったの?数秒遅れていたら私、どうなってたの?

「トモエ、死にたくなければ僕についてきなさい」

狭い通話を四つん這いで進むイズルクンを震える手足を叱咤して追いかける。段々と幅が広がっていく通気孔。立てるくらいの太い所に出るまで必死に進み続けた。その間激しい爆発音や悲鳴があちこちから聞こえていて。

「大丈夫ですか?怪我はしていませんか?トモエ?」

私はイズルクンの説明を待った。

「……これは予備学科の生徒が起こしている暴動です。予備学科から本科に編入した貴女なら予備学科の不満を知っていますね?」

こくりと頷く。私が本科に編入出来たのはそれを抑えるためなんだから。

「今、起きている暴動は彼らの積りに積もった不満がある事をきっかけに爆発したのが原因です」
「ある事?」
「僕が、超高校級の希望と言われたカムクライズルが、生徒会の13人を殺したことです」

なんてセンスのない冗談だ。そう言えれば良かったけれどイズルクンはそんな人じゃない。

「詳しく説明する時間はありませんが、僕はこの学園によって創られた希望です。僕を創るための資金は予備学科達の入学金や授業料からでした。その創られた希望が絶望に堕ちた様を見た予備学科の生徒は一斉蜂起して、」
「待ってよ。やっぱり信じられない。イズルクンがそんな事したなんて。それに創られたってどう言う事?じゃあ貴方は………」

そこから先は彼の苦しげな表情のせいでつづけられなかった。

「トモエ、もっとはやく貴女に会いたかった」
「え?」
「出来ない事など何もない自分に絶望する前に、対等に話せる相手などいないと驕って絶望する前に、江ノ島盾子に出会い絶望に堕ちる前に、貴女に会いたかった」
「えのしまじゅんこ?」

いきなり出てきた意外な名前を繰り返す。

「江ノ島盾子。超高校級の絶望。彼女に利用されてると気づいた時にはもう、僕は絶望に堕ちていた」

(どう言う事?)

「トモエ、貴女と会えて、僕は知識を共有する楽しさを知りました。才能を喜んでもらえる嬉しさを知りました。貴女と会う時間を待つ苦しさを知りました。…人を愛する幸せを知りました」
「イズルクン」
「何でも知っていると思っていた僕にたくさんの世界を与えてくれた。だけど遅かった。落ちていると自覚していてももう、戻れない。こんな風に別れを苦しむくらいなら、僕は貴女と出会えた幸運を憎みます」
「それは違うよ!イズルクンと私が出会ったのは偶然が重なっただけ。幸運じゃない!それにね、別れは必然なんだよ?出会ったその瞬間から別れへ繋がっているの」
「出会いは偶然、別れは必然ですか…それならば再会は?」
「わからない。でも地球は丸いもの。思い続ければ、信じていれば必ず会える」
「必ず?」
「そう、必ず」

カツリと1歩踏み出して、イズルクンは私を広い胸の中に引き寄せた。

「ならば、僕はずっと貴女の事を思い続けましょう。超高校級の絶望と呼ばれるようになっても、貴女との再会を信じましょう」
「ねぇ、一つ疑問なのだけど、どうしてイズルクンとわかれなくちゃいけないの?イズルクンは希望ヶ峰学園を出て行くの?」
「いいえ、逆です。トモエ、貴女が学園から逃げるのです」
「どうして!?」
「この学園は危ない。これから起こるであろう最悪の事件の中に貴女を置くわけにはいかない」
「危ないならイズルクンも一緒に「出来ません。事件のきっかけを作った僕が逃げるなんて許されません」
「嫌だ!イズルクンを残して行くなんて嫌だ!!」
「ヒナタハジメも貴女の安全を望むでしょう!!」





時が止まった。ずっと抱き続けて来た、何度も否定してきた疑問が、今、崩れ去って行く。



- 34 -
[] | []

[BACK]
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -