「トモエ、何をグズグズしているんです。はやく降りて来なさい」
「む、無理だよ。こんなに高いのに!!」

音楽室に着くとツマラナイクンはくらくらするような高さから飛び降りて私を見上げた。

「何も貴女がその高さから1人で降りれるとは思っていません。僕が受け止めると言っているでしょう」
「私、重いんでしょう!?」
「細さの割に、です。ついさっき言ったことくらい覚えておきなさい。」
「でも、失敗したら…」
「僕を信用出来ないんですか?」
「…」

真っ赤な瞳に見つめられて私はぎゅっと目をつむり身を投げ出した。




「ほら、大丈夫だったでしょう?」

身体を包む温もりに薄くまぶたを開けると、先程まで遠くから私を見上げていた赤い瞳が近くで見つめていて、顔に一気に熱が集まる。

「う、うん。ありがとう」
「さて、何かリクエストはありますか?」

私を横抱きに抱えたままヒラリと舞台に飛び乗りピアノの前まで歩く。

「ツマラナイクンの得意な曲で」
「得意も何もありませんけどね…では」

指が鍵盤の上を滑る紡がれた音に私ははっと息を飲んだ。

「トモエ?どうかしましたか?この曲は気に入りませんか?」
「逆だよ。大好き」

ツマラナイクンは少し黙って私を見た。

「知っているなら歌えますね。では、一緒に」
「ええ!?そんな、恥ずかしいよ。それに私はツマラナイクンの演奏を聴きたいんだから」
「設備の整ったこのホールで歌うのは気持ちが良いんじゃないですか?」
「でも、歌なんて」
「トモエの声は耳に心地いい。貴女の歌声が聴きたいです」
「んうぅ、わかったよ。でも、後でツマラナイクンの演奏もじっくり聴かせてね」
「もちろん」




流れる音に歌声を乗せる。最初は緊張で上手く声が伸びなかったけどツマラナイクンの伴奏は限りなく私に寄り添ってくれるから。

でも、ツマラナイクンの技術のすごさを実感するほど消えていく可能性。

(やっぱり日向クンじゃない…)

日向クンは芸術系、特に音楽が大の苦手で歌はおろか楽譜もすぐに読めない。暗譜なんて論外。

(なら、何故?)

私の好きな曲を弾いてくれたの?良さがわからないと苦笑いしながらも私が差し出したイヤフォンをちゃんとつけて一緒に聴いてくれた日向クン。

(どこにいるの?貴方に会いたいよ)

ピタリと止んだ演奏にツマラナイクンを見る。

「どうしたの?」
「それはこちらのセリフです。何故泣いてるのです?」
「泣いてる?私が?」

頬に触れると確かに濡れていた。

「そんなに歌うのがいやだったのですか?」
「それは違うよ」
「泣かないでください。貴女には泣いて欲しくないのです」

そう言ってツマラナイクンは涙を拭った私の手を取ると指先に残った涙を吸い取った。

「!?」

最後に日向クンに会った時されたのと同じだ。体育館裏で何度も私の気持ち悪い傷跡に優しくキスしてくれた。

「ひ…なた…く」

「僕とヒナタハジメはそんなにも似ているのですか?」

こくりと頷く。顔、身長、広い胸、声…。日向クンを形作る見た目とほとんど同じなのに、話しても側にいても日向クンとの違いを突き付けられて。

「貴女はハジメのことをどう想っていたのですか?」
「とても大切な人。大好きだった」

離れて気付いた。会えなくなって気付いた。私は日向クンのことを凪斗とは違う意味で大好きなんだって。

「会いたいのですか?」

もう一度頷く。会いたい。会ってお礼が言いたい。

「なら、特徴を教えてください」
「え?」
「貴女と彼の関係も教えてくれれば完璧に演じてみせましょう。ツマラナイですがそれで貴女が満たされるなら「馬鹿にしないで!」っっ!?」
「馬鹿にしないでよ。それは日向クンじゃない。演じた日向クンなんていらない。私はっ」

叫んで見上げた先、歪んだ彼の顔に息が止まった。
違う。彼は悪気があった訳じゃない。ただ、純粋に私に泣き止んで欲しくて、私のために……。

「私は…」

声のトーンを落とし、強ばったツマラナイクンに手を伸ばして頬を撫ぜた。

「日向クンに似てるから貴方と話したいと思ったんじゃないよ?」
「……っ…スミマセン」
「私の方こそいきなり怒鳴ってごめんなさい。ねぇ、他の曲も弾いてくれるかな?」
「もちろんです。リクエスト?」
「じゃあ…────」

響き過ぎないよう閉じられたピアノに耳を当て、音に浸る。目の前で演奏してくれるツマラナイクンの肩までかかる長い髪が揺れるのをじっと見つめていた。





◇◆




「ではトモエ。良い夢を」
「ツマラナイクンもお休みなさい」

そっと自室のベッドにおろしてくれた彼に笑いかける。

「…」
「どうしたの?」

じっと見つめられて戸惑ってしまう。

「トモエ」
「なぁに?…えっ!!」

額にかかる髪を上げるとそこに唇を落とされた。

「何故かしたくなったんです。謝りませんよ。お休みなさい」

そうまくし立てて帰ろうと身体を離したツマラナイクンのネクタイを引っ張って、

「トモエ?」
「私も謝らないよ。お休みなさい」

頬にキスを落とした。右頬を押さえるツマラナイクンの驚いた表情が可愛くてもう一度笑いかければ、ものすごい勢いでシャワー室の通気孔に帰ってしまった。



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