音楽室のグラウンドピアノで1通り弾き終わると僕はそのまま舞台から飛び降りました。ここ最近七不思議の1つで音楽室の幽霊として扱われているらしいですが。

「ツマラナイ」

そんな事に興味を持つ人間も一度見ただけで弾けてしまう譜面も何もかもがツマラナイ。もうそろそろ戻らなくてはいけません。先生方の実験に使われる時間が迫って来ています。肩まで伸びた髪を払って、僕は音楽室を後にしました。目の前を警備員が通り過ぎます。才能に愛された僕は見つかるなんてツマラナイ失態は犯しません。階段を降りていく警備員の後を追い、物理室の通気孔へいつものように入ります。しばらく進んでヒタヒタと後をつけてくる足音に気づきました。

「ツマラナイ」

このまま撒く事も考えましたが“一般の生徒及び教師に存在を知らさない”を条件に僕はこの自由時間を与えられているのです。気を失わせるなりなんなりして追い返さなくてはなりません。

身を翻し、そいつの口を押さえ、壁に押し付けます。

「んぐぅ!!?」

そいつ、いや、その女は僕の顔を見るなり顔を歪めました。手の下で何か喚いています。まぁ、しゃべるだけしゃべらせるのも良いでしょう。この女が叫んだ所で誰にも聞こえる訳ないのだから。何か予想のつかないことでも起きてくれませんかね。

「ツマラナイ」

そう呟いて口を開放してやります。

「日向クン!!」
「え?」

思いの外よく響く声と誰かの名前に僕は眉を顰めます。

「日向クンでしょう!?どうしてここにいるの?」
「僕はヒナタではありません」
「そんなはずない!日向創クンだよ!どうしてそんなに傷だらけなの…」

(ヒナタハジメ)

口の中でその名前を転がして、そう言えば僕の以前の名だと、あぁツマラナイ。

「どうして、どうしてこんな大怪我」

ヒステリックに泣きわめく女はツマラナイ上にメンドクサイ。僕の顔にかかるほど長く伸ばした髪をその女は払い除け、隠された手術の縫合跡に手を添えて…、

「っっ!?」

額に触れられた時何かが弾けました。ずっと待ち望んでいたような感覚。硝子玉のような大きな瞳が僕を映し、その姿が揺らめいた時。

「日向クン?」

思わず抱き締めていました。何故か彼女を泣かせたくなかったのです。強ばる細い身体はしっくりと馴染んで。

(僕は彼女を知っている)

才能の為に消された記憶は残っているはずがないのに、そう思いました。身体を離すと彼女は驚いたようにこちらを見上げていました。涙は止まったようです。

「貴女が誰と勘違いしているのかわかりませんが、僕はそいつじゃありません」
「じゃあ貴方の名前は?」
「ツマラナイ」
「え?ツマラナイ?」
「予想通りの質問がツマラナイんですよ」

名乗る訳にはいきません。僕の存在を知らせる訳にはいきませんから。

「んー…そっか。じゃあツマラナイクンで!」
「はい?」

先程まで泣きそうだったくせに今は笑顔でこちらをみています。切り替えの速い女です。
まぁ、泣いているよりずっとマシですが。

「ツマラナイクンは希望ヶ峰学園の生徒なの?」
「……」
「こんな所彷徨いてるの誰にも言わないであげるから教えてよ!」

それを言えば貴女もでしょうと言い掛けて、黙っててもらえるなら好都合だと首肯しました。口約束なんて不確かなものですが彼女なら大丈夫でしょう。

「いつもここにいるの?」
「そうですね。通気孔は学園全てに繋がっていますから。僕の移動手段です」
「これからも会える?」
「え?」
「ツマラナイクンともっと話したいの!」

予想外の頼み事に僕は二三回瞬きました。

「…そうですか。良いでしょう。その変わり僕の事は誰にも話さないでください」
「うん、わかった。時間は今くらい…消灯から30分後でいい?」
「ええ、しかしここに来るまでに警備員に見つかるのは困ります。娯楽室にロッカーがあるのは知ってますね?そこに入って待っていなさい。迎えに行きますから」
「…本当に?嘘じゃない?」

不安気に問う彼女の手を引く。

「今まで僕が嘘を付いたことがありましたか?」
「…嘘つくもなにさっき会ったばかりだよ?」

それもそうですね。どうしてこのような言葉が出たのでしょう。

「必ず迎えに行きますよ。僕の事を誰かに告げられては困りますので」

たどり着いた先で耳を澄まします。大丈夫。下には誰もいません。

「貴女の細さならここから出れるでしょう」

金網を外し、降りるよう促します。

「あの、ここはどこ?」
「浴場の脱衣場です。下には誰もいません。少し高いですが僕が手で貴女を支えます。そうすればたいした高さではなくなるでしょう」
「うん、お願いするね」

無事、下に降りた彼女を見下ろします。掴んだ手の温かさを手放すのが惜しいと思ったのは何故でしょう。

「では、明日夜10時半に。娯楽室で、えー…」
「亜神田木巴」
「ではトモエ。良い夢を」
「ツマラナイクンもおやすみなさい」

(トモエ)

口の中でその名を転がすと胸がざわつく理由がわかりません。でも、そのざわつきが心地よくて何度も呼びました。



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