愚か過ぎて
跪いて亜神田木の靴を脱がす。亜神田木の右足を俺の左足に、左足を俺の肩に乗せてゆっくりと靴下を脱がしていく。
「ひ、ひな「しーっ」」
鋭く吐いた息で制す。徐々に現れる火傷跡に青ざめる彼女の目の前でそっと唇を落とした。
「!!?んぅ!?」
右足の指先、裏、甲、脹脛。丁寧に順を追ってキスを落とす。目を白黒させる亜神田木に微笑んで、次は逆の足だと右足を肩に掛け、左足に手を這わす。丁寧に丁寧に。先程の行程に加え、舌を尖らせケロイドに沿うようになぞれば爪先がピンと伸びた。その反応が可愛くてもう一度顔を見上げれば、瞳にいっぱい涙を湛えていて。
「亜神田木!?」
慌てふためくと、
「き、汚いよ。日向クン」
「汚くなんかない」
涙を拭う手を掴み手袋とリストバンドを外す。涙の残る指先を口に含み、吸い取ってから恭しく手の平、甲の傷にも口付けを。両手の支えを無くし、体重を掛けないようにしているのか亜神田木の身体がグラグラと揺れていた。
「亜神田木。足、しっかり俺に預けろ」
手の平に唇を当てたまま言う。こくりと首を縦に振った後に左肩に温かな重みが掛かった。
「よし」
もう一度手の甲に口付けてカーディガンのボタンを外す。
「ひなたく…やめ!」
「亜神田木」
じっと見上げればうろうろと視線を彷徨わせてから目をつむり、身体の力を完全に抜いた。赤く染まった目尻にリップ音を立てて残った涙を吸う。
「ん…」
甘い声にそのままキスを落としそうになったけれど、 唇にしない を条件に今好き勝手な事をしてんだ。ぐっと奥歯を噛みしめて堪える。残りのボタンも外しシャツを捲り上げた。 ここの傷が一番酷いんだ とお腹を押さえて呟いた亜神田木の顔を思い出す。子供を授かれなくなった刺し傷を何度もなぞる。そこの傷は初めて見たけれどあまりの悲惨さに血の気が引いた。
「だから止めた方がいいって言ったのに。…醜いでしょ?」
「それは違うぞ!!」
強い声で否定すれば、「気を遣わなくていいよ」と弱弱しい微笑みが返って来た。その笑みの前で腹に唇を乱暴に押し付けて見せる。
「ひぅっ!!」
「こんな大怪我を、乗り越えて、生きててくれたのが、嬉しいんだ」
「あっ、ん、ふぅ…っ」
言葉の間に何度もキスを落とす。肉付きの悪いそこを甘く噛んで、震える身体を収めるように撫でてやる。舌全体で味わうようになぞれば肩に回った両足の力が強くなり、さらに押し付けるように俺の身体を離さない。
「あぅ…っ、ひ…な、た…ク…くすぐったい…やめて…」
それなのに手は俺の頭を押し返すものだから、不満気な顔を見せ、一度顔を離した。はっはっと呼吸を整える亜神田木を待たずにヘアバンドを外そうと手を伸ばす。
ぱしんっ
乾いた音と痛む手の平に呆然としていた俺は手を払われたのだと自覚した。呆けたまま亜神田木を見つめる。俺と同じようにぼぅっとしていた亜神田木はひゅっと短く息を吸うと、「ご、ごめん!」と俺の手を掴んだ。
「ヘアバンドは自分で外すから。私以外の人に触られたくないの」
いたわるように叩いた手を撫でる姿と表情に最後まで“ナギト”に最後まで勝てない事実を突きつけられて、
「なら、外してくれ」
苛立ちを押し込めるように静かに頼む。
「うん」
結び目が解けていくのを眺める。ただの布でしかないのに亜神田木を縛り付けていると思うと忌々しくて仕方なかった。
「外したよ、日向クっひぅぅっっ」
髪をかきあげ、穴しか残っていないそこを舐めて、吸って、なぞる。他よりしつこく何度も。態と音を立てて吸い上げてからねっとりと穴に舌をねじ込めば、
「はうぅ…ひっひうっあああ」
今まで以上に甘い声が耳を震わせた。反対に移るとき顔を覗き込むと、見なければ良かったと後悔するほどとろけた顔をしていて、喉が鳴る。頭を振ってもう一度傷跡を唇で食む。俺がどれだけ亜神田木を好きか伝わればいいのに。
「亜神田木...綺麗だ」
「ひぁたくん」
はふはふと息を吐きながら俺を呼ぶ亜神田木が愛しくて仕方がない。タートルネックを折り曲げ、包帯を解く。喉ぼとけの下を抉った傷跡に、本当によく生きていてくれたと、
「いっっっ」
力の限り吸いつく。唇を離すと赤い鬱血跡が首の真ん中に咲いていた。指でそこを満足気になぞり、ポケットから目当てのものを取り出す。
「なぁに?それ?」
「チョーカーだ。夏に首の詰まった服はつらいだろ。だから、これで首のそれを隠せばいい」
「………」
「いらない…か?」
髪飾りを拒まれたのはナギトに勝てなかったからだとして、これまで突き返されたら…。
「んーん。嬉しい。ありがとう」
「!そうか!じゃあ受けっ取ってくれるんだな」
「うん、日向クンつけて?」
白い喉元を差し出す姿に再び喉が鳴る。俺が付けたキスマークに被せるようにチョーカーを着ける。
首輪みたいだ と思って選んだ事は秘密だ。
「日向クンの目の色だね」
「そ、そう、だな。たまたま選んだのがこの色で」
嘘だけど。
確かめるように何度も指でなぞってから亜神田木は小首を傾げた。
「私、日向クンの目の色大好きなんだ。大切にするね」
「あぁ「全く、こんな所で盛るなんて。予備学科は時と場所も選べない身の程知らずなんだね」」
一度しか聞いたことが無いのに忘れられない忌々しい声が何故か急に聞こえた。凍り付いた亜神田木の視線を追って行く。蔑むようにこちらを見下すそいつと目が合い、刺すように睨み上げた。
(なんでお前が泣きそうな顔するんだよ…ナギト)
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