貴方

いつも羽織っているコートを脱いで腰に敷く。背中を木に預けて長く息を吐けばボクの周囲の音はそれだけで終わりだ。時折予備学科の運動場から体育で野球かソフトボールでもしているのかボールを打った音やそれに続く歓声が聞こえる。茂みと柵を挟んだ向こう側に視線をやれば音の通りソフトボールをしていた。
目を細めて探す。
揺れる愛しい髪飾りを目で追えば こちらに向かって走り出した。
まさか授業中なのにボクに気付いてこっち来る程あの子は馬鹿なの?と考えていると、ガサッと目の前、詳しく言えば柵の向こう側に落ちたボール。
なるほど、ボールを拾いに来たのか。
茂み越しにあの子を見つめる。隠れないと と身を縮めようとした時目が合った。

(しまった)
「凪斗!」

見つめ過ぎたと後悔した時には もうあの子に見つかっていて。

「あーあ」

態と大きなため息をついて顔を顰めたボクの露骨な態度に関わらずニコニコと声を掛けてくる。

「凪斗サボり?怒られちゃうよ?」
「ボクは幸運なんだよ。見つかる訳ないでしょ」
「でも私には見つかったね」
「まさに不運だよ」

視界の端に幸せそうに微笑むあの子が映る。

「ちゃんと授業受けないと」
「ボクなんかが希望溢れる皆と授業を受けるなんておこがましいにも程があるよ!」

嘘だけど。

「亜神田木!ボール見つかったか?」
「まだ!茂みの奥に入ったみたい。私はボール探してるから新しいボール使って試合再開して!」
「わかった」

クラスメイトの問いにそう返すこの子に呆れ顔で言った。

「嘘つくんだ」
「だって折角凪斗に会えたんだもん...ねぇ、今日二回目の 大好き 言ってもいい?」
「ダメ。絶対にダメ」
「凪斗大好き!あ、言っちゃった」

心臓が跳ねると同時に頭上からバキリと言う音。

「凪斗!!!!」

切羽詰った声に身を翻す。想像通り落下してきた木の枝の太さにボク以上に顔を青ざめさせるあの子。枝の下敷きとなってしまったコートを引っ張り、軽く土を払い袖を通す。

「わ、私のせいだね凪斗凪斗...ごめん」
「謝るならそんな被害者面しないでくれる?迷惑だよ」

ビクリと震えた肩に何度経験しても慣れない痛みが走る。本当に不運だ。

「君なんて大ッ嫌いだよ」
「凪斗」

ボロリと零れた涙を拭いてあげる資格なんてボクにない。ズキズキと痛む胸は幸運への代償なのか。

「亜神田木?どうして泣いてんだ?」

急な第三者の声に慌てて身を隠す。

「...日向クン」
「遅いから手伝いに来たんだけど、ボール見つからなくて泣いてるのか?」
「ちが...うん。でも大丈夫。ほら ちゃんと見つかったから」
「...嘘つくなよ」
「ん?何か言った?」

不自然な間が出来る。

「亜神田木の涙を見るのは辛いんだよ」

それはボクも一緒、いやそこの予備学科以上に苦しんでると断言出来る。だってあの子を悲しませる原因の全てはボクなんだ。

「俺の方が絶対お前を幸せにしてやるから」

その言葉に思わず眉を寄せる。この予備学科は何を言ってるの?

「俺にしろよ」

茂みから少し覗き込んでボクは信じたくない光景を見てしまった。
あの子の顎をしっかりと押さえ込んで口づける予備学科。衝撃に身を固まらせると、

「!?」

あの子越しにちらりとこちらを見てにやりと口の端を上げた。
何、何なの、こいつはっ!!
キスなんて今まで一度もした事ないし、それどころか触れたのだって何日も前の事。怒りでブルブルと体が震える。思わず やめろ と怒鳴ろうとした時、

「や、やだ!!」

あの子が予備学科を力任せに突き飛ばし逃げるように運動場へ駆けた。
授業終了のチャイムが鳴る。駆け出したあの子を追わず 予備学科はボクを真っ直ぐ見つめていた。ボクも全身の憎しみをぶつけるように睨み続ける。

「お前が“凪斗”だな」

先に口を開いたのは向こうだった。

「それが何?」
「俺は亜神田木が好きだ。ずっとずっと好きだった」
「だから?」
「今まで伝えなかったのは亜神田木が一途にお前を慕う姿も合わせて好きになったから、亜神田木がどんなに酷い事言われても一緒にいれるだけで幸せだって言うなら...それでいいって思ったから」
「何が言いたいの?」
「だけどさっき亜神田木は泣いていた。お前のせいだろ!?亜神田木の想いをないがしろにし続けるならもう我慢しない」
「.........で?」
「宣戦布告だ。お前から亜神田木を奪う!」
「奪うも何も 元々あの子はボクの物じゃないし、第一物扱いなんて それこそ予備学科の方が最低なんじゃない?」
「ヨビ...「事実でしょ?」
「俺の名前は日向創だ!予備学科じゃない!」
「あ、そう。まあ、選ぶのはあの子で予備学科じゃないし どちらにせよ予備学科にあの子は任せれない」
「だから俺は「悔しかったら才能を手にしなよ。どんなに努力しても凡人は凡人に変わりないけど」
「くっ...」

校舎に駆けていく予備学科の背を忌々しく見つめる。
ボクとあの子の間にあるものを知らないで好き勝手言ってくれるね。確かにボクはあの子を幸せに出来ない。だから、左右田クンにならあの子を任せられると思って身を引こうとした。彼は優しいし、何より超高校級のメカニックと呼ばれる人だ。例え絶望だったとしてもボクなんかのゴミみたいな才能とは違う。

(どうして予備学科なんかにあの子を...)

キスシーンが頭から離れない。悔しくて悔しくて。今まで大切に守っていたあの子が汚されてしまった絶望に身が裂かれそうだ。




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