※苗字さん、苗木クンの2人は未来機関勤務です。

気持ちの良い、晴れ渡った日曜日。


休みにも関わらず、苗木クンはパソコンと睨めっこ。昨日の仕事が膨大だったみたいで、その残りを休みの今も唸りながら消化している。

せっかくの日曜日で私と一緒にいるのになぁ…とほんの、ほんの少しだけ不満に思うけど。しかたないよね。



でもコーヒーを出したり、資料をまとめてあげたり。甲斐甲斐しく彼のお世話をしていると、まるでお嫁さんになったみたい……。なんて幸せに浸りつつ家事を一通り済ませて、苗木クンに訊ねた。

「苗木クン苗木クンっ、夕ご飯は何が食べたい?あ、もちろん私でも良いんだよっ、今すぐにでも!!」
「いや、肉じゃがが良いな」




…残念。
私のささやかなアピールは通じなかったみたい。
人類史上最大最悪の絶望的事件のせいでまともな食材は調達しにくくなってしまったけれど、未来機関の活躍のおかげで、前と同じ…とはいかないけれど支障なく生活出来ている。

まあ、家事スキル皆無な私の料理なんてゴミみたいなものだけど。

でも苗木クンは、


「名前さんおいしいよ、いつもありがとう」


って言ってくれて。
それが一番嬉しいんだ。そんな生活を送れるのも、全部みんなや苗木クンのおかげだ。

やっぱり私は今がとても幸せだ。
学生時代に苗木クンがよく聴いていた舞園さんの歌を歌いながらキッチンに立って支度をしていた。そしたら、


視界の後方に何やら黒いものが過ぎった。


「…ん?」


振り返って、それと直視してしまう。
山田クンなら"深き混沌の闇からの漆黒の悪魔兵"とか言うのかもしれない。




「ひ、いゃあぁあぁああっ!!」




つんざくような悲鳴を上げていた。




「名前さんっ!?どうしたのっ!?」




苗木クンがすぐに駆け寄ってくれて抱き締めてくれたけど私の動揺は収まらない。




「あ、あぅ…あ、れ…ああ、ぅ…」




震えながら漆黒の悪魔兵を指差した。




「…あーなんだ、ゴキブ「それは言わないでえっ」




苗木クンの言いかけた漆黒の悪魔兵の正式名称を口にする前に、思いっ切り手で塞ぐ。うぐっ、と呻きながら睨まれたけど、それどころじゃない。


漆黒の悪魔兵はこちらに忍び寄ってきた。




「いやっ、いやぁああぁあぁあああ!!まこ、誠クゥゥウン!!」




縋るように苗木クンに抱き付いて、本当に本気で怯えた。
…ああ、もしかしてこれが今までの幸せの代償なのか。待ち受けてた不幸がこれなのか。


でも、…それでも無理無理無理無理っ!!
苗木クンを盾のようにしてしがみ付いてたけど、いつの間にかその手には殺虫剤があった。


そして、深き闇からの漆黒の悪魔兵はあっけなくその命が尽き果て、その亡骸をティッシュやら新聞紙で丁重に包んでゴミ箱に埋葬した。




「…ほら、もう大丈夫だよ?」


呆れ顔で私の頭をぽんぽんと撫でながら慰めてくれた。


「…まこ、まごどグゥウン…」


緊張と安心でごちゃごちゃになりながら、苗木クンに抱き付く。


「ごめんねごめんねっ!!こんな事も一人で出来なくてバカみたいに騒いで、気が触れたみたいに狂っちゃって。ホントにどうしようもない私でごめんねっ。それに誠クンの手を煩わせるような事をしちゃってごめんねっ!!謝っても許されないよね、もういっそその殺虫剤でさっきの彼のように私を殺してくれて構わないよっ!!私なんかが存在してても不快な害虫にしかならないからねっ!!」


「それは違うよ!…名前さん、取りあえず落ち着いて」


支離滅裂な言葉をまくし立てる私に、苗木クンは抱き締めながら背中を優しくぽんぽんと叩いてくれた。


「…名前さん、案外可愛いとこあるんだね。いや、いつも可愛いけどさ」


虫苦手とか、知らなかったよ…、と未だに怯えた表情の私に笑いながら呟いた。


「だ、だって…だって私は本気で」


亡くなった彼に恐れ多くも、涙が溢れてくる。


「……怖かったんだもん」


聞こえないだろう小さい声で、そう言葉をこぼしていた。
緩やかに抱き締められてた私は、瞬間、ぎゅっと強く抱き締められて。


「あーもうっ!!可愛い名前さんは…っ!!だったらボクが守ってあげるから、それで良いでしょっ!?」


怒鳴られる…ではないけれど凄い剣幕で苗木クンは叫んだ。ガシガシと髪をかきながら恥ずかしそうに。


「え、は…な、なにそれ。…どういう意味…?」


戸惑う私に、苗木クンはさらに詰め寄る。


「だ、っから…!!名前さんがあんな虫とかで怖がるんだったらボクが退治するなり追い払ってあげるるって言ってるの、これから一生っ!!ずっとっ!!」


な、苗木クン…。


一生って、守ってあげるって…。


それって、それって…プロポーズ、なの?


「名前さんのそーゆう泣き顔は…見たくないんだよ」


そう言ってごしごしと瞳にためていた涙を拭ってくれた。
ああ、苗木クンがこんなにもバカだなんて見抜けなかったよ。そんなバカな苗木クンだから、意図してさっきの告白をしたんじゃないと思う。怯えて怖がる私へのフォローなんだ。


じゃなきゃこれは「超高校級の野球選手」並みの豪速球のストレートなプロポーズもいいところだ。
分かってるはずなのに心臓がドキドキとうるさくって倒れてしまいそうな程、くらくらする。


「…名前さん、顔真っ赤だよ?どうしたよ?もう虫はいないよ」


もう、これは…。


なんて、なんて……。


「な、苗木クンのバカっ!!天然タラシっ!!大好きだよっ、一生私のそばにいて、私を守ってよねっ!!」


「もちろんっ」


罵りながら叫んだ言葉に、苗木クンは迷いもなく笑顔で即答して。


絶対に責任とって苦手な虫の為だけじゃなく、本当にずっとずっとそばにいてもらうんだから。
約束を破ったら絶対さっき亡くなった漆黒の悪魔兵の彼のように苗木クンを殺して、私も死んでやるっ。


とにかく今は、さっきの言葉だけで充分だ。
これ以上は私の心臓が持ちそうにない。
苗木クンからの希望溢れる言葉を、私はいつまでも忘れないからね。







それで、…劇的でもサプライズじゃなくてもいい。
本当のプロポーズは、誓いの言葉は、いつか…いつの日か……。
改めて言葉にしてもらおう。




その時の返事も、絶対今と変わらないけどね。




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