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夢をみた。幼い頃の思い出。
身体に纏わりつく水の感覚。
口や鼻から入り込む水の息苦しさ。
溺れている。
水の冷たさに奪われていく体温。
必死に手を伸ばす。



「お父さん!お母さん!」



自分の悲鳴にも似た叫び声に はっと覚醒する意識。涙でぼやけた視界に自分の天井へ伸ばされた腕がうつる。
「....またあの夢か....」
ベッドから身を起こし、汗で張り付くパジャマの不快感に顔を歪めれば 首筋のひやりとした感触とともに髪が靡く。
「風?」
風の吹いて来る方へ目を向けるとカーテンがユラユラと揺れていた。
「やだ。窓開いてる」
立ち上がり窓の側に行くと しとしとと世界が濡れていた。
「雨....」
手を外に出し、雨に打たれてみる。小さい頃から雨は好きだった。雨だけでなく プールやお風呂、水に関するもの全て。
水の中にいると落ち着く。悪夢の内容は決まって溺れている 幼い頃の記憶なのに。




《そこにいてはダメよ》




上からか下からか はたまた横からか....。どこから聞こえたかわからないが近くで声がした。この家には私しかいないのに?

「誰!?」
慌てて周囲を見渡すが誰もいない。気配もない。
「気の所為か」
呟いて窓を閉めようとした時 急に風に嬲られて顔を上げた。
「!!?」
視線を上げた先にあった物、いや 者に息を飲む。
黒いマントのような布を羽織った青年が宙に浮いていたのだ。ここは三階。有り得ない事態にまだ夢の中にいるのかと思った。
「あ、貴方....は?」
ゆるりと金色の髪を揺らして青年が顔を上げる。影になって見えなかった顔が暗闇の中浮かび上がる。
陶器のように白く滑らかな肌。シャープな輪郭。長い睫毛に縁どられた切れ長の瞳。蜂蜜色に輝くそれに見つめられると吸い込まれてしまいそうだ。


「こんばんは」


鈴を転がしたような美しい声色に、彼の美しさ全てに毒されたように身体が動かない。


「初めまして」


二ィっと口を釣り上げた彼の糸切り歯は異様な程尖っていた。
まるで牙のように。
ふわりと腕の中に包まれ 戸惑ってしまう。
「え?」
ポタポタと髪から伝う雫の冷たさに身を捩ろうとして気付く。雨に打たれて冷えただけでは有り得ない 体温の冷たさに。


「そして」
逃れようとした私の身体を強く引き寄せ 首筋に顔を埋めて、彼は....
「さようなら」
尖った歯を首に埋め込んだ。
ズキリ
身体中を駆け巡る激痛。
「ひっ」
ビクリと震えれば 更に深く埋め込まれる。
ズキズキズキズキ
噛まれた箇所から熱を帯びた痛みが暴れ出す。
「いやああああぁああぁぁぁ!!」


どれくらいそうされていただろう。叫び声が続いたのだから数秒だったはずなのに、何時間も痛みを与え続けられたように思う。
にちゃ と粘着質な音をたてて彼が身体を離す。
「ふっ」
口の端を赤に汚しながら妖艷に微笑み私を突き飛ばした。床に打ち付けられた痛みより首筋の方が酷かった。
「あははははははははははは」


高笑いとともに窓枠を蹴り 空へと消えて行く。意識を失う前に私が見た彼の瞳は 吸い込まれそうな柔らかい蜂蜜色でなく蛇のように瞳孔が縦に開いた冷たい狂気を失う含んだ黄金色だった。




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