お昼ご飯までだいぶ時間ある。
開放感のあるこのホテルのレストランにはまだ私しかいない。たまには賑やかなクラスメイトたちから離れてぼーっとするのもいいものだ。
お気に入りの窓際の席からは澪田ちゃんが体格の割に俊敏な十神君を追いかけ回してプールサイドの周りを走っているのが見えた。
目線を手前にずらすとテラスに左右田と日向。恐らく日向は走る二人に苦笑いを浮かべているに違いない。
「左右田の動きがニワトリだ…」
ソニアちゃんを見るのか日向と話すのかハッキリしろ。そうツッコミたくなるくらい左右田はそわそわしていた。少し離れたところを歩くソニアちゃんに夢中な姿はまさに恋する少年。
……まったく私も面倒な人を好きになってしまったものだ。
とうてい成就しそうにないという点で私と左右田は似ている。共通の悩みにきっと話も弾むことだろう。
しかし片想いの相手に片想いの愚痴をこぼすなどという最高に間抜けな真似はしたくない。だから私はこの気持ちを胸にしまいこんで生きるのだ。ああさみしい。
無意識についてしまった深いため息は、ようやくチラホラと集まりだしたクラスメイトたちの楽しげな会話にかき消され誰にも気づかれることはなかった。突っ伏してもう一度ため息。
せっかくのんびりしようと思っていた一人の時間は、もやもやとした晴れない気持ちをいっそう膨らませるだけに終始した。
「よう、ここ空いてんだろ」
「…え」
顔を上げると、いつの間にか隣に立っていた左右田が返事も待たず席に着いたところだった。
「ひとりなの珍しいね。日向は一緒じゃないの?」
ウサミに呼ばれてどっか行った。大きなあくびを隠そうともせずそう言うと、この男はまたチラリとソニアちゃんの座る席に目をやるのだ。
「…いいねぇ。よう、恋する少年」
「……」
左右田はゆっくりこっちを向くとケタケタ笑う私のイスを思い切り蹴った。なんて凶悪な目つき!
「おめーみてーなのん気なバカにはわかんねーだろうよ」
「ひどい。私だってそのくらい」
「へえ。そりゃ初耳だ。お前好きな奴いんの」
「あ、ああいるさ。いますとも」
「誰だよ」
「い、言うわけないでしょそんなこと!」
そうだ。言えるわけがない。
言ったところで動揺してひっくり返るのはお前なのだ愚か者。声なき声を胸に睨み付ける。ふん。ヘラヘラしやがって。
もうこの話は終わりだとばかりに背中を向けた。だがしかし、これが左右田の好奇心に火をつけてしまったようで、
「そう言わずに教えろって。このオレが協力してやるからよ。誰だ。言え」
あろうことかコイツは私の肩に腕を回すと耳元に顔を近づけた。嘘でしょどうしよう。何でそういうことしちゃうかな恥ずかしい…!!密着している身体に意識が集中してしまい頭が弾け飛びそう。
「いい、いい。やだ言わない」
「言えって。誰にも言わねーから」
大丈夫、落ち着け、顔には出てないはずだ。ていうか日向どこ!早く助けてちょうだい!腕から逃れようとするがますます力をこめられどうしようもない。絡まれた体勢のままガチガチに固まる。
「む…ムリです!その人は、他に好きな人いるから色々ムリなの!」
「あー?それって彼女持ちってことか?」
「や、あの、その人も熱烈に片想いしてるみたいで…それに全然、私のこと女として見てないっていうか人として見てないっていうかもう物扱いっていうか…これっぽっちも期待できないというか…報われないというか…」
あれ…これはまさに片想いの相手に片想いの愚痴をこぼす最高に間抜けな展開になってるんじゃないの。
「んだよ…お前も俺と似たような境遇だな」
「ん?う、うん!本当、困っちゃう」
でもその時ようやく戻ってきた日向によって左右田の腕から解放された。ホッとしたような残念なような、気づいてほしいようなほしくないような。複雑な乙女心など全く気づいていない左右田は片想いの辛さとやらを私に切々と語り出すのだ。
ああさみしい。