――君と出逢うまで、オレは独りぼっちだった。

 白く細い首筋に、刃をあてがう。くっきりと残った赤黒い絞め痕に向かって、鉈を降り下ろす。
 ゴッ、と鈍い手応えがあり、分厚い刃が三分の一ほど首に埋まった。
 刃を抜くと、開いた傷口から内部が覗く。表面の血の気が引いたような白と、内側の鮮やかな赤のコントラストが美しかった。
 そう、彼女はいつだって美しい。こんな時でさえも。
 傷口からは、それほどの勢いはなく、少し黒ずんだドロリとした血液が伝い落ちて、床に染みを作り、ゆっくりとその面積を広げてゆく。
 独特の鉄分を含んだ匂いが、立ち尽くしているオレの鼻先まで漂ってくる。
 吸い込むとむわりと鼻骨を通って口内へ、そして肺を満たしてゆく。それを少しも不快だとは感じなかった。
 二度、三度と、同じように鉈を降り下ろす。やがて頭部は胴体から切り離され、ゴロリと転がってこちらを向いた。
 半開きの光を失った眼と眼が合う。だらしなく開いたままの口の端から、血液が少量垂れ落ちた。
 その側にしゃがみ、 血だまりの端を指ですくい、口に含む。生臭いようなしょっぱいような、味と匂い。それを甘い、と思った。
 新品のバスケットボールを手に入れた子供のように、生首を両腕で胸に閉じ込め抱き締める。サラサラの髪を指ですいて、顔をうずめた。

 君に出逢うまで、オレは独りぼっちだった。
 独りで寂しかったから、君に逢う前から、君のことを探していた。本当に君に逢えるなんて、思ってなかった。
 それでも、出逢えた。「好きよ氷室くん」そう言ってくれた。それだけで、奇跡だったのに。

 でもオレは、どうして彼女がオレなんかを好きでいてくれるのか、分からなかった。不安だった。
 隣にいて微笑みかけてくれた。身体も開いてくれた。彼女の首に手をかけて、すがるように見上げたオレの片目と眼が合った時も。ただの一度だって、彼女は、オレを拒絶しなかった。
 だけどオレは、最期まで、彼女が何を考えているのか、分からなかった。
 身体を繋げても、首を絞めながら舌をからめても、その頭をかち割って脳みそを分解しても、その胸を開いて心臓を引き裂いても。
 胸からヘソの下まで大きく切り開き、邪魔な内蔵をかき出す。ぽっかりと空いたその穴へ、身体を横たえ、膝を抱いた。
 そうまでしても、オレ達は相変わらず、別々の個体のままだった。溶けてひとつにはなれなかった。
 だから、心が満たされるのは、やっと、やっと安らぎを得たと思えるのは、ほんの僅かな間で。
 すぐにまた胸がざわついて、不安になる。彼女と一緒にいると、身体を重ねると、いつもそうだった。
 身を起こす。全身にべっとりとこびり付いた血や肉片、内臓の欠片にも構わず、手を伸ばし、そのもう力の入らない細い肩を揺さぶった。光を失った眼を覗き込んだ。
「…ねぇ。千夜。寂しいんだ。ねぇ」
 返事はない。強く揺さぶり続ける。
「ねぇ!何か言ってくれよ!オレを見てくれよ!!もう一度好きって言ってくれよ!!ねぇ!千夜!!!!」
 返事はない。

 ――君といても、オレは独りぼっちだった。
 もし、オレといる時の君もそうだったとするなら、寂しい。
 それを確かめる術さえないことが、寂しい。
 いつまで叫んでも、応えはなかった。
 君がオレの願いを叶えてくれなかったのは、これがはじめてだった。

ききゅう 【希求】
願い求めること


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