Happy Birthday
森下と付き合い始めて、最初の大晦日。
自宅の一室で肩を寄せ合ってテレビを眺めながら、日向はこっそりと壁の時計を確認する。23時50分。
賑やかなバラエティも、お決まりの歌番組も終わり、後は静かに日付が変わるのを待つだけの時間。ゴーン、ゴーン、と厳かな鐘の音が鳴り響くのを、何を話すでもなくただぼんやりと眺めていると、隣の森下を嫌でも意識してしまう。
大きなソファに身を沈め、膝には一枚の毛布を二人で分け合って。肩をくっつけるようにして寄り添えば、森下は頭を日向の肩にこてんと乗せて来た。どぎまぎしながらも素知らぬ顔で腰に手を回し、抱き寄せたのはもう一時間ほど前だろうか。テレビに集中するどころではない日向に対して、森下は平然と画面を眺め、控えめに肩を揺らして笑ったりしている。
隣同士だから、目が合う事はない。だがしかし、すぐそばに誰かが寄り添っていると言う事実ばかりは、嫌と言うほど実感させられる。
  森下は、平気なのか。
ちらりと横目で隣を見遣る。髪の毛が邪魔をして、こちらから表情を伺う事は出来ない。
何だか自分ばかり意識して一人で空回りしているようで、それでも日向は諦めきれずに時計の針を確認する。55分。
日付が変わるまでもうすぐだ。五分後には日付が変わり、新しい年が訪れ、そして。
正直言って日向は正月と言うものがそれほど好きではない。日向にとっての特別な一日は、他の大多数の人間にとっての重要なイベントに容赦なく書き換えられてしまうからだ。
だが、森下はそうではないかもしれないと、日向は密かに期待している。
森下は、時節柄のイベントに疎い。周囲の盛り上がりが理解出来ないとまでは言わないが、自分から率先して祝おうとはしない。一緒に年を越そうと自室に誘った時も、一晩を共に過ごせる事を喜びながらも 新しい年を迎えると言う『イベント』としての認識はごく薄いような、そんな反応を見せていた。
そんな森下なら、新年よりも自分の誕生日を優先的に祝ってくれるかもしれない。そして何より、誰より大事に思っている彼女にそうして貰えたとしたら、単純に嬉しい。
期待を抱いて少しだけ、腰を抱く手を自分の方に引き寄せた。

「...なに?」

日向の肩に頭を乗せてぼんやりとテレビを眺めていた森下が、もぞもぞと頭を仰け反らせてとろんとした目で日向を見上げて来た。久し振りに交わった視線に、心拍数が一気に上がる。
「いや」
誤魔化すように短く答え、空いていた右手をそっと頬に添えた。顎先から軽く撫でるようにして、唇を額に落とす。
軽く目を細めてそれを受け入れ森下はふわりと笑う。

「ん、もう...なに?」
「なんでもない、けど......なんとなく」

したくなったんだ、との言葉は飲み込んで。もう一度、より近くに密着するように抱き寄せた。暖房の効いた室内だから着込んでいるのは薄手のシャツ一枚だけで、指先に感じる体の温もりがどうしようもなく心臓に悪い。
至近距離でぶつかる視線。温かくも平穏な時間に眠気を覚えていたのか、困ったように笑う瞳は少しだけ気怠げでそれがまた森下の色気を引き立てていた。ムラムラと湧き上がる欲望を押し殺し、日向は再び視線を時計に向ける。
0時。
ごぉん、と一際大きく鳴り響く、最後の鐘。新しい年が明けた音。
あ、と小さく呟いて、森下が頭を起こす。きょろ、と視線を動かして同じように壁の時計を見、首を傾げる。

「日付、変わった?」
「ん、......ああ、そうだな」
「そっか...」

何の気なしにを装って答え、横目で様子を伺って。隠しきれない期待を抱きながら、日向は森下の言葉を待つ。
きっと、森下なら言ってくれるはずだと、そう信じながら。

「そっか、1月1日かぁ...あけましておめでとうだね、日向くん」

しかし、森下が続けた言葉に日向は膨らみすぎた期待が音を立てて崩れて行く感覚をはっきりと味わった。
あけましておめでとう。間違ってはいない、当然の言葉だが日向を失望させるには十分だ。

「...ああ......そう、だな」

力の抜けた生返事。勝手に期待して勝手に失望するなんて本当に勝手すぎると、頭ではわかっていながらも期待しすぎただけそのショックは大きかった。
初めて出来た、恋人。特別な、大事な人。だからこそ、彼女にはわかって欲しかったのに。
腰にまわしていた手を無意識に解き下ろし、ふらふらと視線を手元に落とす。失望の表情を押し隠すなんて器用な真似は出来そうもない。

「......日向くん?」

さすがに不審に思ったのか、森下が訝るように名前を呼んで来た。なんでもない、と答えようとして、表情をいびつに取り繕って顔を上げると面白がるように細めた瞳が、そこにはあった。

「...は?」
「...あははっ! 日向くんって本当わかりやすいよね。まあ、そんな所もかわいいんだけど」
「は...な、何言って......何の話だよ」
「そんなに言って欲しかった?」

その一言で、流石の日向も悟ってしまった。わざとだ。わざとだったのだ。

「っお前......っ!」

思わず声を荒げてしまう。本心を悟られていた事、その上で上手く弄ばれていたと言う事、自覚すると同時に顔が一気に熱くなる。
羞恥心を誤魔化すようにぎりっと奥歯を噛み締めると、森下は更に目を細めてくすくすと笑う。

「ふふっ......やだな、私が忘れるとでも思った? 望むなら、何度だって いくらでも言ってあげるよ。ねえ、言って欲しいんでしょ?」

おねだりしてごらんとでも言いたげに、挑発的に千夜が笑う。甘えるように両腕を首の後ろに回し、もぞもぞと体を摺り寄せ、あざといくらいの上目遣いで。
 こいつは。
素直に煽られる情欲と、してやられた、と微かに覚える苛立ちと。頭を熱くさせるのが羞恥心だけでなくなりつつあるのを感じながら、日向は森下の肩を押し、ゆっくりとソファに押し倒した。

「あっ、もう、新年早々?」
「よく言うよ...最初からそれ目当てだったくせに」

とろけた瞳を間近から見下ろし、軽いキスを落とすと、森下は満足気に口元をゆるめた。

「言えよ。抱いて欲しいんだろ」
「そうやってすぐ調子に乗るの、どうかと思うよ」

少しだけ不満気に口を尖らせながらも森下はそれ以上食い下がろうとはしない。首に回した腕で日向の顔を引き寄せた。長い睫毛で瞳を覆い、軽く啄むように下唇を食んで、もう一度じっと見上げる。

「お誕生日、おめでとう。日向くん。だいすきだよ」

細めた瞳がひどく愛おしげに笑い、ありったけの愛情を込めて吐息とともにそう告げる。

「ん...ありがと、俺もだ」

短く答えるや否や、日向はもう我慢の限界とばかりに組み敷いた白い体に指を這わせ始めた。




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日向君、一日早いですがお誕生日おめでとう。
皆様もよいお年を!


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