学校の屋上、身長より高いフェンスを乗り越え、にやりと笑う。
時刻は深夜、携帯はフェンスの向こう側。誰もいない校庭から吹き上げる風がオレの髪を揺らした。

この学校のどこにも、いや世界中探してもお前はいない。
お前は死んでしまった。


一年二カ月と八日前、学ランに全てを隠して無表情に、森下千夜の家の前まで行った。単調なリズム、時折聞こえるお決まりの言葉、あのにおい。


レギュラーの座なんか要らなかった。



「レギュラーの座なんか要らなかった。お前が居れば、ただ側にいて、笑顔で、たまには怒った顔をして。話をして、少しだけ触れて。お互いに赤くなって。木村にからかわれて」


びゅうびゅう吹く風にオレの主張はどこへやら。ばたばた五月蝿いこの黒い服には、お前を抱き締める時に何度も邪魔をされたものだ。目立つ髪色と身長に合わない幼い顔が尚更オレのアンバランスさを際立たせた。
だけどお前はオレの姿を好きだと言った。

なかなかレギュラー入りが出来なくて苛立って荒んで落ち込んで虚しくてもう辞めようと何度も思った。
だけどお前は努力を続けるオレが好きだと言った。



そうだ、もう一年二カ月と八日が過ぎた。


ぎゅう、握り締めたボタンを引きちぎる。今日は卒業式だった。第二ボタンをあげる約束をまだオレは覚えている。お前とした二つの約束のうちの一つ。
手放し重力に任せて下に落とした。静かな世界には小さなカツンという音がよく響く。オレがあそこに行けばこんな澄んだ音じゃなくて鈍くて聞くに耐えない音がするんだろう。お前の時はどうだった?

現場にいなかったオレにはわからない。
お前の 抱き締めてほしい の言葉に何が込められていたのか、乱雑に振り払ったオレにはわからない。
お前がどんな気持ちでここに立ったのか 自分の焦りで精一杯だったオレにはわからない。
今のオレと同じようにお前は誰もいないこの時間を選んで飛んだ。

どんな時もどこにいる時でも、抱き締めてくれると、抱き締めてあげると約束した。それを先に破ったのはオレだ。たった二つの約束を破った。


メールで抱き締めてくれと言えば、「ぎゅっ」とだけ返した千夜に、一年二カ月と八日前にも、昨日も、メールした。
一昨日も、一週間前も。何度だってメールした。

揃いにした二つ折り携帯も解約出来ず、何度も何度も、毎日がただ朝と夜になっても、三年に進級してスタメンになっても、お前の言葉を待って目を閉じては囁いた。


「なぁ、ここに来いよ。」


不安定な足場にしゃがみこんでフェンスの向こうに手を伸ばす。携帯を掴んで胸に抱き締め、目を閉じた。

いや、違うな。オレが行かなければいけない。一年二カ月と八日の時を越え、今お前を抱きしめてやる。その為にはただ一歩踏み出せばいい。なんて簡単なんだ。

大きな衝撃の後、目を開ければそこには。




おちる【落ちる・堕ちる・墜ちる】
上から下へ自然に、また、急に移動する。
落下する。
雨・雪などが降る。
日・月が沈む。
光・視線などが注ぐ。
客のお金などがその場所で使われる。
2 その場所から離れてなくなる。
ついていたものが取れる。
病気・憑(つ)き物などが除かれる。
減って細くなる。ある部分がくぼんだ状態になる。へこむ。
3 その中に入れるはずのものが漏れる。一部分が欠ける。ぬける。
4 落第する。落伍(らくご)する。
5 都を離れて地方へ移っていく。また、戦いに敗れて他の土地へ逃げていく。
6 物事の程度や段階、価値や力などが下がったり、悪くなったりする。低下する。
劣った状態になる。衰える。
地位などが下がる。
落ちぶれる。零落する。
品性が低くなる。堕落する。
7 物事が終わりの状態に行き着く。
その人の所有となる。また、落札する。
仕掛けた計略などに、はまり込む。陥る。
問いつめられて自白する。本音をはく。
強く迫られてついに相手の思い通りの状態になる。説得などに負けて、相手に従う。
結果として、そうなる。帰する。
抜き差しならない状態、引き込まれる感じのする状態に至る。
8 城などが攻め取られる。陥落する。
9 柔道で、気絶する。
10 納得する。
11 コンピューターで、アプリケーションやOSが急に命令を受け付けなくなって停止する。アプリケーションが勝手に終了したり、OSがシャットダウンや再起動したりする。
12 寒くなって魚が深場へ移動する。
13 鳥や魚が死ぬ。


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