本番を明後日に控えた今日。踊りも形になって先生からOKサインも出た。床に広がる死屍累々とホールに響く呻き声。誰しもが練習の厳しさに疲れ果てていたのに、
「明日の中間登校と宿題提出忘れるなよ」
一人涼しい顔で立つ赤司君に さすがだなぁ と息をついた。
「先に帰るが居残って練習する者は帰り道気を付ける事。もう暗いから遅くまで練習するんじゃないぞ」
そう告げて赤司君は颯爽とホールを後にした。
「皆お疲れ」
へばり込んでる皆にお茶を配る。どうして私にお茶を配る気力があるかと言うと、踊りの補欠要員になったからだ。振り付けは全て覚えたが体力がどうにもならなかった。祭りの間ずっと松明を振り回す力が私にはない。だからもし、本番中誰かが怪我した時の代わりと裏方が私の役目。
「圭ちんアイス買って来てよ〜」「いいよ。」「ホントに!?」「うん、みんなも何味がいい?」
リクエストを聞いて財布を握りしめて出かける。皆と踊れない事は残念だけど、不思議と悲しくはなかった。

「よくやってくれたね。ありがとう」

初めて棒に頭をぶつけず振り付けも間違えずに踊れたときの赤司君の笑顔を今も鮮明に覚えている。
「ふふふふふ」
抑えきれない嬉しさが口からこぼれる。島一つだけのコンビニの明かりが見えて少し足を速めると近くの茂みから複数の低い話し声が聞こえた。その中に聞き覚えのある凛とした声。
(赤司君?)
こんな所で何してるのか気になりその茂みの中に足を進める。サンダルとむき出しの素足に短い草が刺さる。声が近づき開けた場所にたどり着いて私は息を飲んだ。



円陣を組むようにしゃがむ男たち。辺りに散乱するお酒の空き缶や煙草の吸殻。いつもの柔らかな微笑みでなく下卑た顔で大声を出して笑う真っ赤な瞳と目が合った。その瞳も私と同じように固まる。
時が止まったかと思った。
目の前の現実を受け入れられない。ドッドッドッと心臓が耳に移動したぐらい激しく鳴り響く。その空間を壊したのは私の側にしゃがみ込んでいた男だった。
「アッレーおねーさんこんな所でどーしたのー?」
金色を通り越して白に染められた傷んだ髪を揺らし、「おねーさんカワイーねー」と煙草臭い口をニヤけながら近寄って来る。
「何何〜?オレらと遊ぶ?」
ジャラジャラと安物のアクセで飾られた手を伸ばされ
「ひっ」
脇目も振らず走り出した。



「ちょ、逃げんなよ〜」
追いかけようとした男に「やめろ」と低い声がかかる。
「どうしてですか赤司さん」「知り合いなんだ。見逃してやってくれ」
そっと赤い瞳を閉じて息をつく。



嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
つまずいて転んでそれでも走って、
走り慣れない体は上手に動かずまた転んで。ひもの切れたサンダルの片方がどこかになくなった。今見た記憶もサンダルのようになくなってくれればいいのに。
公民館の明かりが見えて、鼻の奥がつんと痛んだ。転がり込むようにホールに身を投げる。
「圭ちんお帰り〜 アイスはー?」
皆の顔を見て足から力が抜けてしまった。
「圭ちゃん!?」「おい、何があった!?」「大丈夫ッスか!!?」「怪我してますね。片方の靴はどうされたんですか?」「そんなことより手当てするのだよ!ラッキーアイテムの救急セットがある」
しゃがみこむ私の周囲に駆け寄り心配の言葉をかけてくれる皆に何も答えれず ただ泣き続けた。



大きな背中に揺られながら私はすすり泣く。
「何があったかは話してくんねえのか?」
浅黒い首筋に頭を押しつけるように頷く。
「お前の体は大丈夫なんだな?」
念を押す声に再び頷く。
「あー、ならいいけどよー。よっと」
青峰はため息をついてから私を背負い直した。一定のリズムで揺れる背中に少しずつ落ち着きを取り戻す。
「お前んちここだよな?」
家の前におろされて、 ありがとう と伝えたいのに言葉が出ない。
「もしもしさつき?おう、ちゃんと家まで送ったぞ。ん、落ち着いてる。他のヤツにも伝えといてくれ」
ケータイを切って再び私の方を見た。
「本当に何一つ教えてくんねえの?」
びくりと体を震わせ、またにじみ出した視界に青峰は慌てて私の頭をわしゃわしゃとかきまわした。
「無理させて悪かった。ただオレは心配で」
涙を拭ってこくこくと何度も頷く。まだ信じたくないんだ。言葉にしたら認めてしまうようで言えない。
「ゆっくり休めよ。明日絶対学校来いよな。一人宿題提出から逃げんじゃねーぞ」
大きく頷いて家に入る。私がトビラを閉めるまで青峰は優しくこちらを見つめていた。




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