未だに痛む心臓を刺激しないようゆっくりと歩く。
(急に動いたから負担かかったじゃん アホ峰)
心の中で文句をつぶやいていると、
「やあ、森下さん」
背後からの凛とした声にトクリと心臓が脈打つ。
「赤司君」
振り返ると柔らかな笑みを湛えた赤司君がこちらに向かって歩いて来た。
「この学校生活にはもう慣れた?」
「うん。みんな優しくて、助かってる。放課後レクリエーションにはちょっと驚いたけど」
トクントクンと暖かな音を刻む鼓動が聞こえませんように。と願いながら笑顔を見せる。ジャージから着替えたとき ちゃんと髪を整えればよかったな。私、今汗臭くないだろうか。
「そうだね。夏祭りの為 学校挙げて体力作りなんてそうそうないかな?」
「赤司君の持ってる資料も夏祭りの?」
「ああ、生徒会が率先してやらないといけないから」
「へぇ!そこまでやり込むんだ」
「たかが祭り。 だけどこの島伝統の行事だからね。初めて関係者として参加するから成功させたいんだ」
赤司君の真っ直ぐな瞳に「頑張って」としか言えなかった。
ああ!もっと気の利いた事、せめて「一緒に頑張ろう」くらい言えればよかったのに!!
「ありがとう。じゃあ ここで」
ひらりと手を振り会議室に入る赤司君の背を見つめる。

赤司征十郎君。一年生ながらにして生徒会長、バスケ部キャプテンを務める 私の好きな人。スカートの上からポケットにある手紙を押さえる。
そう言えば青峰もバスケ部だったなぁ。関係ないけど。
「圭ちゃーん!!」
背後からの強烈なタックルに「ぐぇっ」と情けない声を出してしまう。
「さつきちゃん」
腰に抱きつく桃色の髪を見下ろし、まだ体操服の彼女に
「今終わったとこ?」
と尋ねる。
「うん!更衣室行こうとしたら圭ちゃんの後ろ姿が見えたから思わず追いかけちゃった」
にこりと可愛らしく微笑むこの子は桃井さつきちゃん。青峰の幼馴染み。転校してきた私に明るく話しかけてくれた女の子。放課後レクリエーションの選択はドッチボール。選択理由は
「終礼ぶりですね。森下さん」
私の背後からぬっと出てきた恐ろしく影の薄い黒子テツヤと同じだから。それにしても今日はよく背後から話しかけられるな。
「「黒子/テツ君いつからいたの!?」」「森下さんの『今終わったとこ?』からです。」
「そっか、じゃあ私もう帰るね。」
邪魔ものは消えるべし と手を振って別れようとすれば、
「待ってください。青峰君から伝言があります。」
と呼び止められた。
「なーに?」(勝手に手紙を見た事謝るのかな?それとも失礼な事言ったのを謝るのかな?)
「『渡すつもりのない手紙を書いても時間の無駄だ。そんなモン書いてるヒマあんなら肉食え肉。もっと体力つけろ、もやし。明日は絶対でんぐり返りさせっからな!!』だ そうです。」
羞恥と怒りにプルプル震えていると、
「ごめんね 圭ちゃん。無神経な事言って。」
と何故かさつきちゃんが誤って来た。
「大丈夫。さつきちゃんは全然悪くない」「そうかもしれないけど、アイツちょっとわがままなとこあるから許してあげてね?」
「あはは....」
「アイツがマット運動選んだのってレクリエーション終わったらすぐにバスケが出来るからなんだよねー。だから速く終わらせるために圭ちゃんを急かすかもしれないけど我慢してね?」
「全く青峰君は相変わらずのバスケ馬鹿です。ところで森下さん、“手紙”とは何ですか?」
「わっ私っ帰るね!!バイバイ」
深く突っ込まれる前に退散 と二人から逃げ出すように離れた。
「??バイバーイ また明日!」
「....さようなら。」



真っ直ぐ続くあぜ道を歩く。
両手に広がる田んぼ。大きく息を吸えば緑の濃い匂いが胸に溜まっていく。視界を遮る高いビルも、騒音を発する車もどこにもない。前 住んでいた所も便利でよかったが 私はこちらの自然豊かな方が好きだ。

唐突だが私は肺と心臓に重い病気を抱えている。高校を卒業できる可能性はほとんどないくらい。延命治療を受ければなんとか生きれるかもしれないが 集中治療室で管とチューブにつながれるのは嫌だと頼んだ。両親はそれでも生きて欲しかったらしいが 私の考えを尊重してくれ、少しでも空気の良い場所にと 自然豊かなこの島に引っ越して来た。
今のところ病状は安定している。激しい運動をしなければ発作はでない。歩いたり、階段の昇り降りくらいなら普通にできる。

「ただいま」「お帰りなさい」
エプロン姿のお母さんが笑顔でキッチンから出てきた。美味しそうな匂いが玄関まで満ちている。
「今晩は圭の好きなビーフシチューよ。」「わぁ!楽しみ!!」
笑いあって自室に戻る。制服から部屋着に着替え、スカートのポケットから手紙を取り出す。しわくちゃになってしまった姿に少し苦笑いして 机の引き出しを開け そっと直した。
カサリと音をたてて 同じ便箋たちの上に重なった手紙。引き出しの半分を埋める手紙たち。私の想い。
この島に引っ越して来て数ヶ月。初めて赤司君に出会った日から毎日書き続けた恋文。
『お前 その手紙本当に渡す気あんのか?』
青峰の言葉が耳に響き
「無いよ。」
とつぶやく。
靴箱に入れる訳でも ポストに投函する訳でも 手渡す訳でもない。
書いて 赤司君を想うだけで満たされた。
叶わなくていい。ただただ想うだけでいいの。


「意味わかんねー」
「わかんなくていいよ。だから余計な事しないで」
「好きなんだろ?両想いになりゃ幸せじゃねーか」
「私は今の関係でいいの。あんたの言うように告白して、気まずくなったらどうすんのよ」
「だからうまく行くように手伝うって言ってんだろ?」
「無理だって」
「やる前から諦めんなよ」

手紙を読まれた次の日の放課後。マットの上で青峰と向かい合うように座って話す。
「お前のその自己評価低いとこなおすべきだと思うぜ」
「それなら青峰のデリカシーない所なおして」
真っ直ぐな視線から逃げるように顔を背ける。
「今日も手紙書いて来たのかよ?」「うおわぁ!」
いきなり立ち上がったかと思えばジャージのポケットに手を突っ込んできやがった。その手を叩いて叫ぶ。
「昨日落としたのに入れてる訳ないでしょーが!」
「つまりは書いたんだな。つかもっと色っぺー声出せねぇのか?なんだよ『うおわぁ!』って」
「うるさいガングロエロスケ」
「っっ それ教えたのさつきか?」「そうだけど?」「さつきのヤツ....」
ハァァーと深くため息を着いた後
「うっし」
の掛け声と共に私の手を引いた。
「今日こそはでんぐり返りすんぞ!」
「できないって」
「やる前から諦めんな!」
「諦めてるんじゃない。自分の限界を理解してるの」
「限界なんてお前が勝手に決めた事だろ?越えなきゃなんも変わんねーぞ」
「私なんかが変わる必要ない」
「だーかーらー お前もっと自分に自信持て?」
「自信なんて持てないよ。私なんにも取り柄ないし」
入退院を繰り返した学生生活のせいで学力は中の下。運動オンチだし、(まず激しい運動ができない。)容姿もお世辞に整ってるとは言えない。さつきちゃんのように可愛ければいいのに。病院生活が長かったため同世代の子とどう接すれば良いのかわからずつっけんどんな話し方になってしまう。そんな私なのに、
「何言ってんだよ。お前手先器用じゃん。オレのシャツの袖のボタンとれたときパパッと縫ってくれたし、それに森下はかわいーと思うぞ?」
こうやって真っ直ぐぶつかって来られるとどう答えればいいのかわからない。
大きな手でわしゃわしゃと頭をかきまわされた。雑な撫で方に反発するでもなく ゆっくり目を閉じて身を任せる。
「胸小せぇのが残念だけどな」
「一 言 よ け い だ ア ホ 峰 !」
ペチリと広めの額を叩いた。





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