祭りの目玉である踊りは夜に行われる。昼から夕方の間のお客さんは屋台巡りが主だ。私はハチマキをなびかせながら材料運びに勤しんでいた。本当に有名なお祭りらしく島外からの観光客で広場はあふれかえっている。
「すごい人...」と呟けば材料を届けた先の屋台のおじさんが
「夜はこの倍だよ」と汗をぬぐいながら教えてくれた。
「うへぇ」と顔を歪ませる。今の状態でも人ごみに流されるのに。
おじさんの言ったとおり日が暮れるに連れ人の数が増えていく。一度招集がかけられ屋根のみのテントの下に集まった。皆緊張したように口を結んでいる。
「円陣」
赤司君が私の肩に手をかける。逆側は青峰、その隣はさつきちゃん、黒子、黄瀬、緑間、紫原と一つの円が完成した。
「今日この日のために僕達は努力を重ねてきた。その量は成功につながる。この祭りが成功すると信じてるよ」
一人一人の顔を見て最後に私と視線が合ったとき、いつもの柔らかな笑みを見せた。
(赤司君は赤司君だ...)
みつめかえして頷く。赤司君は大きく息を吸い凛とした声を響かせた。
「成功させるぞ!!」
「「「「「「「おおー!!!!!!!」」」」」」」

「お前泣いてどうしたんだよ」
円陣をくずしそれぞれの持ち場に移動しているとき青峰が慌てて声をかけてきた。
「ちょっと何圭ちゃん泣かせてるの!?」「違えよさつき、こいつが勝手に...」
心配そうにのぞき込む二人に言う。
「感動して...」「「感動?」」「うん、私こういう事に参加するのも円陣組むのも初めてで」
涙をぬぐって二人に顔を向ける。
「ここに来てからいろんな事たくさん経験できた。ありがうっぷっっ」
青峰の大きな手が私の頭をかきまわす。
「それは祭り成功させてから言え。あとなこれからイヤと言うほどいろんな体験させてやる」「ねぇ、圭ちゃんってお客さんの誘導だよね。もし、私が疲れちゃったら交代してよ」「いいの?」「いいも何も私が疲れちゃったときだからね。こっちからお願いします」「わかった!」「青峰っちー!桃っちー!早く松明の準備するッスよー」
黄瀬の呼びかけに二人は駆けながら私に叫んだ。
「じゃあな。オレの側から離れないっつー事忘れんなよ!?」「人に流されないように気をつけてねー!!」




太鼓の重い音がお腹に響く。打ち消す大きな歓声。それ程踊りは美しかった。回る火が暗闇に映える。飛び散る火の粉をものともせず腕を振る皆の姿は勇ましかった。だが見惚れてる暇はない。
「ロープを越さないでください!」
「そこから先には進まないで!」
「危ないです。身を乗り出さないで!」
少しでも近くで見ようとするお客さんの牽制に開始十数分でへとへとだ。火と人の熱気の異様な暑さに止まらない汗をぬぐう。視界の端に泣いている小さな女の子が映った。
「すみません。しばらくここ一人で誘導お願いします」
一緒に組んでいた人に声をかけてから持ち場を離れその子の元へ近寄る。
「はぐれちゃったの?」
視線を合わせて尋ねれば大きな瞳に涙をためていたその子は声を上げて泣き始めた。
「大丈夫。大丈夫」頭をなでて手を引く。とりあえず迷子の呼び出しを頼まないと。
離れていく歓声と太鼓の音。
『なるべくオレの側にいろ』
青峰の言葉が耳に響いたけど仕方無い。しゃがみこんだ女の子を抱き上げて歩く。



無事女の子の両親が見つかり、急いで広場に戻ろうとしていた途中。
「ねぇ今一人?オレらと一緒にまわんない?おごってあげるよ」
三人の男に声をかけられた。
(ついてないな...)
何度断ってもしつこくつきまとってくる男たち。人通りは全くない。皆広場に集中しているのだろう。夏休みの間聞き続けた太鼓のリズムが小さく空気を震わせている。青峰、告白うまく行ったかな?無視して歩き続けたが追い詰められ 背後には木、前と両サイドに逃げられないよう立たれた。ほんとついてない。
「無視しないでよ」「別に何も怖くないよ。オレら優しいから」「その法被かわいいねー」
無遠慮に肩をなでられぞわりと鳥肌が立つ。振り払って無理矢理間から抜けようとすると腕をつかまれ木に押し付けられた。
「逃げんなよ」
あ、これはまずい。こんな体験も初めてだけどまずいことくらいわかる。と言うかこんな体験したくな
「そこで何してる」
凛とした声に強くつむっていた目を薄く開く。耳に馴染んだ声の方に向くと、
「あ、赤司君?」
腕を組んだ赤司君が冷たい目で睨んでいた。しかも赤司君一人じゃない。背後にズラリと並ぶ男たち。...どう見ても堅気の人じゃない威圧感。
「僕の島で勝手な真似は許さない」
つっとこちらに一歩足を踏み出す。それだけの動作なのに一気に跳ね上がる恐怖。
「彼女からその汚い手を離せ」
固まる三人の男たちに追い討ちをかけるように赤司君は目を見開いた。
「僕に逆らう奴は親でも殺す」
「「「すみませんっしたっっっ」」」
散り散りに逃げ出した男たちに目もくれず赤司君は焦った顔でこちらに駆け寄る。
「大丈夫!?何もされてない?」「う...うん、ありがと」
いまいち状況が飲み込めずにいると赤司君が引き連れていた強面の男の人たちが笑顔で赤司君を取り囲んだ。
「流石 若!言葉だけで相手をさがらせる事ができるなんて」
「言葉の全てに若としての誇りがありましたね!」
「女性にお優しいのも若らしい!!」
「本日の踊り手のお姿もそれはもう...」
「お前たち、彼女と話したいから見回りを続けてくれないか?」「「「「「はいっ!若!!!!」」」」」
言葉一つで男の人たちを自在に操る赤司君をポカンと見つめる。困ったように笑って「そういう事なんだ」と肩をすくめられた。どういう事かわかんないけど深くつっこまないでおこう。
「ところで、大輝が怒ってたよ」「青峰が?」「ああ」「あ!側にいろって言われてたのに!!ここに赤司君いるって事はもう踊り、終わっちゃった?」「そうだね。青年団は終わって今は女性...桃井が踊ってるよ。 側にいてほしいと頼まれていたのに離れるなんて、大輝が怒ってた理由がわかったよ。」「どうして?」「どうしてって」
赤司君は目を丸くして少し上ずった声で言った。
「普通夏祭りの踊り手になって側にいろと言うのは告白するぞって宣言と一緒だよ」
音が消えた。しばらく私の頭は思考をストップさせた。肩を揺すぶられハッと赤司君を見る。
「今、さつきちゃんが踊ってるんだよね?」「そうだよ」「ごめん赤司君私行かなきゃ。助けてくれてありがとう!」
お礼もそこそこに駆け出す。心臓が口から出そう。私はこの夏で今までの人生分の運動量をこなしたと思う。人ごみを抜けるのは無理だと判断し、遠回りだが本部から回り込もうと速さを緩めずに走る。大きくなる太鼓の音。重く響くテンポに合わせて頭の中で振り付けが流れる。その音がぴたりと止まった。たくさんの女の人の声の中、かわいらしい声を必死に張り上げるさつきちゃんの言葉が聞こえた。
「テツくーん!!」
「さ、つきちゃんってば...相 変わらず...」
再び鳴り始めた太鼓の音。開けた場所に出ると踊っているさつきちゃんと目が合った。
「さつきちゃん!!変わって!」
「圭ちゃん!!変わって!」
同時に叫んで互いに駆け寄る。
「列から外れるな!!」
大きな注意の声を無視して踊り手交代。体に馴染んだ振り付け。考えなくても腕が足が音に合わせて動いてくれる。
(綺麗)
外から見るのも美しかったがこうやって実際に手に松明を持つとより一層綺麗だ。
(花火の中にいるみたい)
真っ赤な火が夜の空を焦がす。自分が燃え盛る火になったみたいだ。
「「圭!」」
両親の喜々とした声が耳に届く。

ズキリ

━━━燃えろ 燃えろ 私がいた事実を鮮明に残せ━━━

「圭ちゃんかっこいい」「そうですね、素晴らしいです」「今まで人事を尽くしていたからな」「圭っちー!頑張れっすー!」「上手〜その調子でがんばー」

━━━この瞬間がずっと続け━━━

ズキリ

━━━時間よ止まれ。まだここにいたい━━━

「森下!!」
深い青の瞳を人ごみの中見つけた。

ズキリ

精一杯の笑顔を向ける。持ちこたえろ私の体!

━━━この夏の日に私を刻め━━━

太鼓が止む。

「青峰大輝ー!!」

ズキリズキリズキリ

手から松明が滑り落ちる。今までにない程の心臓の痛みに胸を押さえ膝をつく。手足の感覚がない。音が遠退く。視界が反転する。


駆け寄って来る夜の中でも火のように映える髪色を持つ皆の泣きそうな顔を最後に私の記憶はそこでシャットダウンされた。




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