これは私が体験した、奇妙で不思議で、ちょっぴりドキドキする物語―…





Ep.1 Down the Rabbit-Hole
―うさぎの穴をまっ逆さま―














私は、孫市ねえさまのお家のテラスで一緒にお茶していました。孫市ねえさまとは小さい頃から遊んでもらっていましたので、私が高校生になっても、ねえさまはバイトの合間を縫って私に色々と教えてくださっていたのです。しかし今日は課題がなかったので、ねえさまとゆっくり過ごそうと思ったのですが…

「ねえさま、何を読んでいらっしゃるのですか?」

「『相対性理論』だ。姫も読んでみるか?」

「いえ…遠慮しておきます…」

ねえさまは難しそうな本を読んでいらっしゃって、私は今することが無いのです。

(何かわくわくするようなことが起こらないかな…)

頬杖をつき、私はふと庭先に目を向けました。すると、私の願いが神様に届いたのか、あるものが目に飛び込んできたのです。


「ちっ、やべぇな、このままじゃ遅刻しちまうぜ…」


それは白い兎の耳が生えていて、チョッキから懐中時計を取り出しそれを眺めた後、また慌てて駆けていく元親さんでした。

「も、元親さん…!?」

元親さんは近所に住むお兄さん。孫市ねえさまと幼馴染みで、同じ大学に通っているそうです。いつも私をからかって遊んでいるので、ちょっと気に食わない方なのです。

「どうして元親さんがここに…?というか、あの格好は一体何なんでしょう?」

私は気になって、元親さんの後を追いました。ねえさまに何処へ行くのかと尋ねられたので、「ちょっとそこまで!」と言いました(孫市ねえさまは財閥のお嬢様なので、庭もかなり広いのです)。と、私はこの状況を何処かで見た気がしました。

(兎を追い掛ける少女………なんだか不思議の国のアリスのお話みたいです!ということは次は…)

予想通り、元親さんは茂みの下の大きな穴に飛び込んでいきました。

「やっぱり!これは不思議の国のアリスのお話ですね!」

まさか自分がアリスになるなんて、と思いつつちろりと穴を覗けば、底が見えないほど穴は深そうです。私は怖さ半分興味半分で、戻る方法も省みずその穴に飛び込みました。

「わぁあぁああっ!?」

ぎゅっと目を瞑り襲い来るであろうお尻の痛みを待ちましたが、一向に来る気配がありません。恐る恐る目を開けば、私は深い井戸のようなところを落っこちているところでした。

「随分と深い穴ですねぇ…」

井戸が深いのか、それとも私が落ちるのが遅いのか、どちらにしろ、私は辺りを観察する余裕がありました。下を見れば、ただただ暗闇が広がるばかりです。井戸の壁を見れば、何故か食器棚と本棚だらけでした。あちこちに地図や絵が引っ掛けてあります。

「そういえば昔私が見たお話でも、こんな穴でしたね…」

下へ下へ、どんどん落ちていきます。落ちながら、私は色んなことを考えました。

(今頃孫市ねえさまは私を探しているのかな……そういえば、お市ちゃんが貸してくれた怖い漫画を借りっ放しだった!来週学校に行ったら返さないと……今月末に政宗さんの野球の応援も行かなきゃ。今回はホームランを打つって言ってたけど、大丈夫かなぁ。幸村さんのサッカーの試合はいつだったっけ?あっ、生徒会選挙が来週から始まるんだ!家康さんと三成さんのどっちが勝つんだろう…私は断然家康さん派ですけどね!)

その時、私はずしん!と枯れ葉と小枝の山に落ちました。上を見上げても、光は見えません。目の前には長い通路があり、白兎さんもとい元親さんが慌てて走っていくのが見えました。

「ま、待ってください元親さーん!」

にしても、時計ウサギが元親さんだなんて…と思いながらも、私は直ぐ様立ち上がり駆け出しました。曲がり角を元親さんが曲がる時に、「くそっ、こんなに遅くなっちまった!」という声が聞こえました。私も角を曲がりましたが、元親さんの姿は見当たりません。そこは長くて天井の低い廊下で、屋根からランプが一列にぶら下がっています。

「…ここは…?」

その廊下は扉だらけでした。一つずつ扉を開けようと試みましたが、どの扉も鍵がかかっていました。私は途方に暮れました。どうやってここから出ればいいのかわからないのです。

「私の見たアリスのお話とは違います…!こんなに扉はありませんでしたよ!…うぅ、元親さん何処へ行ったんですかぁ!」

私が元親さんに悪態をついていた時、廊下の真ん中にいきなり三本足のテーブルが現れました。そのテーブルは全てガラスで出来ていて、小さな金色の鍵が乗っています。

「これはもしかして…扉の鍵でしょうか?」

私は一つずつ扉を確認してみましたが、鍵穴が大きかったり、逆に鍵が小さかったり。どれも合いませんでした。

「ふぇえ…これは一体何の鍵なんですか…」

ふと、私は最初は気に留めていなかった小さなカーテンに着目しました。その向こうには、高さ40センチぐらいの小さな扉があったのです。私が先ほどの金色の鍵を差し込んで回してみると、なんと扉が開いたではありませんか!しかし、扉に対して通路はネズミの穴くらいしかありません。しゃがんで覗いてみると、通路の先は見たこともないような綺麗なお庭に続いています。

「素敵なお庭!早くここから抜け出して歩いてみたいです!」

ここで止まっていても仕方がないので、私は一度ガラスのテーブルに戻りました。

「確かこの後、アリスは何かを飲んでこの扉をくぐったんですよね…」

少しの期待を込めてテーブルに目を向けると、さっきまでなかった小瓶がテーブルに乗っていました。その小瓶にはタグがついていて、「私を飲んで」という文字が書かれていました。

「あっ、これですよこれ!」

何の疑いもなくその小瓶の中身をちょっと飲んでみると、味はすごく美味しくて、私はすぐにそれを飲み干してしまいました。すると…

「まぁなんてことっ!」

私は身の丈25センチぐらいのミニサイズになっていたのです!これでこの扉を通れると意気込んだ私でしたが、残念なことに、私は先程いつもの癖で扉に鍵をかけてしまっていたのでした(いつもの癖というのは、私は毎朝一番遅く家を出るので、玄関に鍵をかけるのが習慣になっていたのです)。

「私のばかっ!こんな時は閉めなくていいのに…!」

私は鍵を取ろうとジャンプしたりテーブルの脚をよじ登ろうとしました。ガラスごしに鍵は見えているのに取れないこの悔しさといったら!私は遂に疲れ果てて、座って泣き出してしまいました。

「…っう…どうしたらいいんでしょう……」

やがて、テーブルの下の小さな箱が目につきました。中にはとても小さなケーキが入っていて、箱の底には「私は食べて」と書かれています。

「もしかしたらこれが大きくなれるケーキかも…」

わらにも縋る思いで、私はそのケーキをたいらげてしまったのでした……




To be continued...
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