『ちょっとそこの可憐な乙女さん!少し私のお話を聞いてはいただけませんか?』




一瞬、耳がおかしくなったのかと、遥は本気で思った。




「…私に話しかけてる?」
『勿論!やっと見つけましたよ、遥さん☆』

先程から遥と話している声は、遥の名前を呼んで答えた。

「な、なんで私の名前…」
『それはお会いしてからお話します!それにしても…大きくなりましたね遥さん…!』

遥の質問には答えないその声は、姿は見えないが、涙ぐんでいるということは声色からわかった。だが、その言い草だとまるで遥のことを昔から知っているようである。

「ちょ、ちょっと待って、貴方は誰?どこから話してるの?ていうか何で私のこと知ってるの!?」
『それも、後ほどお答えします!取り敢えず遥さん、私の言う通りに進んでください!そうすれば私の正体もお教えしますよ☆』

まずはこの道を真っ直ぐです!と意気揚々と言った声に少なからず不信感を抱きながらも、遥は、これから何かすごいことが起こるのかもしれないと胸を高鳴らせつつ、歩を進めた。




遥は県内の某大学に通う女子大生。家が神社であることを除けば、他の学生と何ら変わりない生活を送っている。性格は明るく、笑顔とポニーテールが似合う20歳。しかし意外とナイーブ。恋愛経験はそこそこで、半年前に二人目の彼氏と別れ、今朝ゴミの日に彼氏からもらった指輪を漸く捨てたところである。
そんな彼女には、幼い頃から大切にしている物があった。無くさぬように財布につけている、鈴のストラップ。いつから持っているか彼女自身覚えていないが、その紐は元々の赤色からは遠くかけ離れた赤黒い色に変わっていて、鈴も錆が目立ち、金色とは言い難い。この鈴を見た友達からは、何故そんな錆びれた鈴をつけているのかと問われるが、遥はどうしてか、ずっと大切にせねばならないものだと心の何処かで思っていた為に、今日の今日まで手放せずにいた。

その鈴が、彼女の運命を大きく変える物とは知らずに。




その日は突然訪れた。
大学の授業が終わり、今日はアルバイトもない日だった為、何処か寄り道して帰ろうかと思った矢先、

ある「声」が聞こえた。

『んー…確かこの辺で聞こえたような……ちょっと私の船の皆さん!静かにしてくださーい!』
「…え?」

音楽プレーヤーで好きな曲を聴きながら街路樹を歩いていた時、不意に女の子の声が"上から"聞こえた。不思議に思って歩みを止め、イヤホンを外し辺りを見回し、更に上を見上げる。しかし周りに女の子らしき人影は見当たらない。また、頭上にも勿論人はいない。

「何今の?気のせいかな…私の船の皆さん、とか言ってたけど…ま、いっか」

あれ以来聞こえなくなった声を空耳だったと結論づけ、家路に着こうと肩掛け鞄をかけ直した。
その時、鞄の中にある財布の鈴が、ちりん、と音をたてた。

『あーーーっ!!見つけましたよ!!紛れもなくあの方です!!』
「!?」

またも聞こえた声に驚き、急いで辺りを見回す。しかし、遥以外にはこの声は聞こえていないようだった。

『ちょっとそこの可憐な乙女さん!少し私のお話を聞いてはいただけませんか?』
「…私に話しかけてる?」

そして、冒頭に戻る。





「…ていうかここ、私ん家じゃん…」

声に導かれて辿り着いたのは、紛れもなく遥の家であり、神社だった。

『あら!ここ遥さんのお社だったんですね!どうりで立派だと思いました!まぁ、立派なのは当たり前ですけど』
「どういうこと?」
『それも後ほど☆』

遥からの問いを全て後回しにする声に疑問を抱きつつ、声は遥に神社の中へと入るよう指示した。

「…ねぇちょっと…ここ私が入っちゃいけないとこだと思うんだけど…」
『大丈夫です!全責任は、私がズバーンと取ります☆』

遥が踏み入ったのは神社の中心部で神聖な場であり、本当なら立ち入り禁止の場所である。

『えっと確かこの辺に…あっ、ありました!』
「ありましたって、何が?」
『これですよこれ!』

声が言ったところに目を向けると、そこには一組の弓と矢が祀られてあった。所々にある赤い染みが、それが血痕であると物語っている。

「これって、弓矢?」
『そうです!私の弓矢です!』
「えっ、あなたの?」
『はい!やっぱり何百年も経つと古びちゃいますね……』

どこか慈しむようにその弓と矢を見ているような声は、改まって、遥にこう言った。

『では遥さん、貴方にここに来ていただいたのは、他ならぬ理由があるからです』
「理由?」
『今私達の時代で、ある大きな厄災が起ころうとしています。それを、貴方に祓っていただきたいのです』
「…はぁ?」

ちんぷんかんぷんなことを言われ、思考が回らない遥。そりゃ、突然こんなこと頼まれたら混乱しますよね、と声は苦笑しながら言った。

「ちょちょ、ちょっと待って、私達の時代?!今は平成でしょ?それに厄災ってなに?私じゃなきゃ駄目なの?」
『はい。貴方じゃなきゃ、駄目なんです。お願いします遥さん、このままだと日ノ本はまた第六天魔王の手に落ちてしまいます!』

第六天魔王。聞いたことはある。織田信長のことだ。

「な、なんだかよくわかんないけど、私にしかできないなら、私は一体何をすればいいの?」
『そうですね…取り敢えず、そこに祀られてある弓矢に触れてください』

え?これだけ?と言う遥に、声は何故か先ほどのシリアス口調からは一変して、はいっ☆と嬉しそうに答えた。

「まぁ、これで助けられるのなら…」

そう思い、軽い気持ちでその弓矢に触れたその刹那。

「へっ!?ちょっとこれなに─…!?」

突然弓矢が輝きだし、遥の視界は遂に真っ白になった。そしてその声の主──鶴姫は、遥に向かって─……




『お帰りなさい、遥さん!』





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