※石化前




担任がランダムに決めた男女ペアの日直仕事はなかなかにハードだ。登校したら教室の端に置かれた花瓶の水変えから始まりクラス全員分の提出物を回収したり配布物を配ったり、毎授業の号令に黒板消し、移動教室でこの教室が無人になるときは戸締りに電灯のスイッチ確認もしなければならないし、放課後になっても学級日誌を書き終えないと帰れない。それに一つでも忘れてたら罰で次の日も日直が回ってくる。ポカしないよういつもより神経を張り巡らせて行動していた分、今日のもう一人の日直ーー千空が日誌を書いているのを見るとやっと一息つけた。どんどんノートに文字が埋まっていく、この分じゃ直ぐに帰れそうだ。そういえば新作のデザート出てたっけ帰りにコンビニ寄ろうかな、そう考えていると目の前の頭が動いた。


「今も釣り行ってんのか?」
「・・行ってるけど最近はエギングばっかりだよ」
「エギングって イカか」
「うん、獲れたて食べたらハマっちゃって」
「へぇ」
「千空も今度一緒に行く?」

ぽろりと滑るようにそう言うと忙しなく動いていた千空の手が止まった。日誌から視線をゆっくりわたしの顔に向け、ぱちぱちと信じられないものを見たときのように目を瞬かせた。

「え、なんかおかしなこと言った?」
「いや・・まさか誘われると思わなかった」


確かに千空が驚く理由もわかる。
わたしと千空はいわゆる幼馴染というやつだが よくある甘い関係ではなくこうやって日直が同じにならない限り会話すらないあっさりしたものだ。小さい頃は家も近く年が同じだったこともありよく遊んでいたが、千空が科学のトリコになってからはそれが一切なくなった。たぶん誘えば遊んでくれたんだろうけど暇さえあれば実験に精を出す千空を邪魔するのにわたしは気が引けたのだ。そこから徐々に広がった距離に千空は何も言ってこなかったし わたしもなんだか後ろめたくて話しかけることなんてなくなり今に至る。

最後に遊んだのはわたしのパパと千空パパに連れられ四人で近所の川釣りに行ったときだっけ。パパが釣り好きで英才教育を受けていたわたしより初心者の千空が大物を釣り上げて悔しかった思い出がある。もう何年も前のことだから てっきり千空は忘れていると思っていたけど 釣りの話題をされたならそうでなかったことが分かる、それがちょっと嬉しくて数年越しに遊びに誘ってみたがどうだろうか。なんとも言えない表情をする千空に断られるだろうなと他人事のようにそう思った。


「明日行くか」
「えっ」
「確か百夜の道具がどっかあったはずだ」
「えっ」
「テメーが誘ったんだろ」

千空は日誌を書き終えたようで席を立ち職員室に向かおうと歩き出す。まさかオッケーされると思わなかったわたしは呆気にとられ そのせいで遅れて千空を追う。明日は折角の土曜日なのに本当にいいの?とか、他にやりたい事無かったの?とか溢れる疑問を堪えて、楽しみだね とその背に声をかけた。






夏が終わり朝日が昇るのがずいぶん遅くなった、ツンと肌にささる風がやけに冷たくて手をこすり合わせる。隣を見ると千空は大きな欠伸をしていた、朝マズメ狙いで集合した時間は朝の四時だこれは仕方ない。千空パパの私物であろうフィッシングウェアは千空には大きいようで裾が余っていた、白衣で見慣れてるから 何となく変な感じ。

自転車で四十五分、足が棒になるまで漕ぎ続ければ遠浅の海岸に到着する。今日はいっぱい釣れそうな気がしてきた、ゆるく吹く潮風に自信をもらい ずいぶんと使われていないだろう古びたプレハブハウスの横に自転車を停める。二人で一つのコンパクトなクーラーとタックルボックスを背負い、ロッドケースから竿を取り出した。ついでに千空の竿のリーダーを確認する、おお完璧に出来てるじゃん。思わず声を漏らすと千空は悪戯っぽく笑った。


「こっちが穴場なんだけど気をつけてね」
「おー」

目の前の石畳の階段を降りればすぐ海岸に出るが わたし達はもう少し行った先の錆だらけのフェンスをくぐり申し訳程度に整備された道をいきテトラポッドに降りる。何度も来たことがあるのにどうしても慣れない、組まれたテトラの間に吸い込まれそうな恐怖感に足が竦む。そんなわたしを置いて千空は大股でなんともないようにテンポよく進んで行く。落ち着くように大きく深呼吸して 確かめるように一歩踏み出した。


「なんでテメーの方がビビってんだよ」
「こ、怖いもんは怖いの!」

わたしの一歩が千空の三歩で、いつまでたっても追いついてこないわたしに痺れを切らした千空が戻ってきた。逆にこんなに不安定なテトラの上をなんでそんな軽やかに歩けるのか不思議だ。一歩進むたびにタックルボックスの中のエギが揺れる、早く釣りしたいのに‥こんなところで時間を無駄にしてる場合じゃない。もうすぐ日の出だ、迫る朝マズメのタイムリミットに冷や汗がたらりと首筋を濡らした。


「ん、」

一つ前のテトラから差し出されたのは千空の手。
もしや、これは。恐る恐るその手をとれば 引っ張るように千空は進む。千空の冷えた指先が わたしの思考をクリアにし、テトラの恐怖心も消していた。

手を引かれたのはこれが初めてじゃない、じわじわと既視感の正体を思い出していく。そうだ、あのとき‥四人で川釣りに行ったときだ。千空が大物を釣りあげたのが悔しくてギャン泣きしたわたしをあやすように手を引いて 大物がいたポイントに連れて行ってくれたーーーこれは思い出したくなかったな・・何年も前の話だが 千空への申し訳なさと恥ずかしさが入り混じる。たまらず手を離せば 先を行った千空が振り返った。


「今日は俺がでけえの釣っても泣くなよ」
「エ、エスパー!?」
「顔に出てんだよテメーは」

クククと癖のある笑みをこぼした千空に合わせるように、ざぷん 一際大きい波がテトラに押し寄せた。


nicora


20201008
title by さよならの惑星


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