※いろいろ捏造




 月が笑って見下ろす夜だった。

通されたのは入ってはいけないと厳しく教えられていた父の書斎で、取り寄せたのであろう現代であまり見ることがないバロック様式の家具が私を出迎えた。座れ、と、この華やか室内に似合わない低く重々しい声が落とされ、深い藍と金で模様を描いた脚がS字になっている――たしかカブリオールレッグという名称だと本で読んだことがある、緊張しているのか変に頭が回るな――ソファに腰かけた。
これまた煌びやかなテーブルを挟み、眉間に縦皺を刻みピクリとも動かない口元そして吊り上がった目をした父が座っている。その威圧感に気圧され口の中が渇いていく、これぞまさに蛇に睨まれた蛙だ、膝より少し太ももの位置に重ねていた手の力をきゅっと強めてゆっくり呼吸した。


「お前には七海財閥の…龍水様の婚約者になってもらう。」

淡々と告げられた言葉にどこか他人事のように感じる。苗字財閥の駒として生まれた私にとっていつか父の政略に利用されるのはよく分かっていた、…今までそんな素振りは見せずにいたからもう少し後になると思っていたが。まあ、遅かれ早かれそうなっていたことだ。

「承知しました。」
「話は以上だ。 詳しいことは追って説明させる。」

その場でゆるくお辞儀する。父はもう何も言わない。
奇しくも今日は私の十五の誕生日で、それがその日最後に与えられたプレゼント(というのも失礼だが)だった。






あの日から三週間が経とうとするときに、龍水様と会うことが決まった。大人たちはすぐにでも会わせたがっていたようだが、それを知ってか知らずか龍水様が帆船で日本一周に興じ、龍水様の御父君がその身勝手な振る舞いに憤慨し帰って来たと同時に自室に押し込めたらしい。まあこれは全て屋敷内の噂を耳にしたもので本当かは定かではない。

肌触りのいい上質なオフホワイトのシルク生地にピンクの細やかな刺繍が施されているワンピースは、十五になったばかりの幼い私ではどうしても服に着られているように見える。似合っていないから着たくない、なんて我が儘は胸の奥にしまい込んでお綺麗ですと微笑む執事にはにかんだ。
私の眼前には慌ただしく準備しているメイドたちの姿。何もすることがない私は十年前のことを思い出していた、実のところ龍水様とは一度会っている――龍水様が五歳になった誕生記念パーティーで。七海財閥に縁がある者がほとんど呼ばれていたそのパーティーの規模は鮮烈な記憶に残るほど凄まじかった。人、人、人!周りの大人たちは話に夢中で下手に動くと蹴り飛ばされてしまう、そこから逃げるように抜け出し、自分の屋敷と比べ物にならない広さの敷地内で人気のない木陰を見つけそこに座り込んだそのとき現れたのが龍水様だった。

「はっはー!きさま、おれが主役のパーティーから抜け出したな!」

絹のような柔く細い金の髪が風で揺れ、光ばかりを集めた美しいビードロの瞳が私をとらえた。当時好きだった絵本に出てくる王子様のようで、挨拶をしなければと頭の中では分かっているものの私の口ははぐはぐと意味なく動くばかりであった。

「パーティーがつまらないのなら、おれが屋敷を案内してやろう!」

そう言って私の手をとった龍水様はにっぱりと笑い、ちらりと見えた前歯は一つ抜けていてその空洞がなんだか愛らしく見えた、……のが私の持っている龍水様の記憶だ。その後父にこっぴどく怒られたが、そのご縁のおかげか今こうして龍水様の婚約者になっている。
十年ぶりに会う龍水様の成長を想像するとドキリと胸が高鳴った。




20200912
1話


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