※石化前




制服は指定もの。スカートは膝丈で長い髪は黒ゴムで一つくくり、アクセサリーは厳禁で、化粧はアイプチをすることさえ許されない。他にもたくさんある校則は覚えている子の方が珍しい。真面目で優等生、模範解答の生徒その1のわたしは放課後のチャイムが鳴れば自由だ。
ロッカーに隠していたコテを取り出し教室のコンセントで電気泥棒、180度に上がりきるまで日焼け止めしか塗っていない顔に化粧を施す。スカートも3回折れば自慢のすらりとした太ももが披露され、校則の白ソックスを脱ぎ捨ててこれまた隠していた黒ソックスに履き替える。十分に温まったコテで綺麗に巻けば完成だ、先生に見つからない校門までの秘密のルートを使っていざ出陣。

電車で片道1時間半、揺られながら流れる車窓風景をぼんやりと眺める。どちらかといえば田園地帯に属する地元の駅から、5つ目の駅を過ぎると徐々に市街らしくなり、大きなビルと建設中の建物がひしめきあって並んでいる。進む格差に寂しくなりながら時間つぶしのスマホを取り出した。着いたら連絡するね――そうメッセージを送り最近お気に入りのウサギのスタンプを押した。1分もたたない内についた既読と了解のたった2文字の返信、それだけで自分の口元がだらしなく緩んでしまう。はやく着いてほしいな、一定のスピードで走る電車に気持ちだけが先走った。


スロウ・ワルツ


スマホのマップアプリで辿り着いた校門には大きな広末高校の学校銘板がありゴールが合っていることに安心する。校門の前で立つ違う制服のわたしはもちろん異質で、出てくる生徒たちに見られてしまうがその値踏みされるような視線は嫌いではない。今のわたしはどこから見ても可愛い、駅のショーウインドーで何度もチェックしたもの。あの子かわいいね――すれ違った子がそう友達と喋っている。やっぱり人に言われるのが一番うれしい、勝手ににやけてしまう口を手で押さえこんだ。


「名前」

大好きなその優しい声で呼ばれ千空のもとに駆け寄った。半年ぶりに会う千空は背が伸びていて、少し上になった頭の位置がそれだけで愛おしい。久しぶりの千空で初めての制服デート、ずっとずうっとこの日を楽しみにしていた。にやける顔はもう隠さなくていい、だらしなく緩むわたしの顔に千空は呆れたように笑った。




デートに選んだのはわたしがテレビで見たドリンクが美味しいと話題のカフェで、店の前まで来たところでほとんど女の子で席が埋まっていることに気がついた。これはちょっと厳しいかな、千空を盗み見たら案の定入りにくそうな表情をしていた。違う店に行こうと提案すれば千空は首を振った。

「ここから探すのは効率がわりい、……それに名前が行きたいとこだろ」

有無を言わさず店の扉を開けた千空に涙が出そうなほど嬉しくなった。
店内もお花をモチーフとした可愛い装飾で彩られ、地元にはないそれに心が躍る。店員さんに案内された席は窓際の一番奥の席だった。
注文した千空のアイスコーヒーとわたしのストロベリースムージーが届くと早速飲んでみる、ごろごろとふんだんに入った果肉が甘酸っぱくてたっぷりのホイップで甘みが強いけど全然くどくない、評判通りの美味しさにとろけそうになる。こんなに美味しいドリンクを飲みながら千空と一緒にいられるなんて幸せそのものだ。コーヒーを飲む姿にさえドキドキしてしまうわたしは骨の髄まで千空に惚れているのだと実感した。



「明日さ、千空にこんな可愛い彼女がいたんだって話題になるね」
「そーだな」

千空も久しぶりに会えて浮かれているのかいつもより素直な返事。その流れに乗って聞きたかった質問を投げかける。


「今日のわたしかわいい?」

思ってもみない言葉だったのか千空は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになっていた。落ち着くよう座りなおした千空としっかり目は合っているが肝心の返事はいつまでたっても返ってこない。痺れを切らしてどうなのと催促すればようやっと千空の口が開いた。


「……まあ、良いんじゃねぇか」

勘弁してくれと頬を赤くしながら絞り出した声でこぼした千空に思わずニンマリとした笑顔が浮かぶ。答えとしては25点だが今日のところはそれで許してあげよう、次のデートのときはちゃんと言ってね彼氏様。


20200911
title by さよならの惑星


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