科学学園のひらがなや簡単な算数を教える講師に抜擢され数日がたつ。新しいことを覚えるのが楽しいとイキイキしている子もいれば、慣れない勉強に飽きて遊びに行ってしまう子もいる、その逃げたくなる気持ちは学生を経験した自分もよぅく分かるが今後のことを考えると、ひらがなを覚えるだけでも絶対にその子の為になる。どうやったら自発的に取り組めるか、ひねり出したのはごほうびスタンプだった。小学生のときテストで良い点を取れば、お母さんのお手伝いをしたら、たしかノートにごほうびスタンプをもらえていたはず。可愛いスタンプがノートを埋めるのが嬉しくて率先してお手伝いしたり、嫌いな勉強も頑張っていた。お母さんの知恵お借りします、心の中でそう呟いてスタンプ作りの準備に取り掛かった。






「すごいねえスイカちゃん、五回連続ひらがなテスト満点だよ!今日は千空スタンプ押すね」
「ヤッターなんだよ!」

デフォルメされた少しいびつな千空の顔の横にあっぱれという文字、これは三十種類あるスタンプの中で押すことが少ない一番のレアだ。満点のテスト用紙に、この太い木の枝で作られたお手製のスタンプを押してあげるとスイカちゃんは跳ねて喜んでくれた。

ごほうびスタンプ作戦は大成功で、みんなが集めているスタンプが欲しいとバンドワゴン効果のおかげで勉強嫌いな子もすすんで机に向かうようになった。このレアスタンプなんて押してもらえたら幸運が訪れるというジンクスまでできている、さすが千空ご利益ありそうだもんな、自分が彫った千空スタンプを見ながらぷっと吹き出してしまった。




「千空、お手伝いすることあるー?」

授業が終われば次は千空たちのお手伝いだ、いつもならラボに入る前に指示が飛んでくるのに今日はやけに静かで、そろりとラボを覗き込むと千空が机に突っ伏している。何かあったのかと急いで近づくと千空は眠っているだけでほっと胸をなでおろす。机の上には書きかけのロードマップ、千空が作業途中で居眠りなんてよっぽど疲れているのだろう。固く瞑られた瞼の下にはうっすら隈が、眉間には深く皺が刻まれていた。一番頑張ってるもんね、千空は。眉間の皺を伸ばすように撫でると千空の表情がふっと和らいだ。もう少し寝かせてあげよう、起こさないよう細心の注意でラボから出ていった。




「おい」
「なあに千空、もう少し寝とけば良かったのに」
「これテメーがやったろ」

食料班が採ってきてくれた木の実を選別していると、ずいっと目の前に出されたのは先程見たロードマップ。途中までだったのが完璧に仕上がっている、出て行ってから五分もたっていない、あれからすぐに起きて完成させたのだろう。千空の指がロードマップの隅に押された千空スタンプを差した、ああこれのことか。

「頑張ってる子にはスタンプ押してあげないと」

そう私が言うと千空はきょとんと呆気に取られた珍しい間の抜けた顔をした。


「こんなんで喜ぶほどガキじゃねーけどな」

そっとスタンプをなぞる千空はそう言いながらも嬉しそうに笑っている。素直じゃないなあ、その天邪鬼な態度が石化前に飼っていた猫と重なって、その特徴的な髪の毛をかきわけて頭をわしわしと撫でた。すぐに避けられると思いきや千空はそのままで、衝動的とはいえ沈黙のまま撫で続けるのは些か気恥ずかしい。手を離すタイミングを失った私は口を開けるしかない。


「このスタンプにジンクスあるんだよ」
「あ゛ー、前にメンタリストから聞いたなそれ」

情報通でおしゃべりなゲンが千空に話しているところを安易に想像できて笑みがこぼれた。
遠くからクロムが千空を呼ぶ声が聞こえ、タイミングの良さに感謝しながらぱっと千空の頭から手を離す。離したはずの手の内はまだ触れているような感覚に少し照れくさい。


「確かに、いいことあったな」

クロムの方に向かう前に耳元で、ぼやくように呟いたその言葉に身体が強張るのは当然のことであった。


20200911
title by さよならの惑星


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