※石化前




好きになった理由は分からない、いつの間にか石神くんの存在が私の中で大きくなっていた。朝起きた時、授業中、寝る間際さえ話したことのない石神くんを思う。恋愛漫画に感化され、いつか選ばれるかもしれない妄想にとらわれる。来年は同じクラスになれたらいいな、まだ半分以上残っている学期にげんなりしていると昼休みを告げる四限終わりのチャイムが鳴った。広末高校の学食はいつも席取り合戦で授業が終わればみんな一斉に駆け出す、慌てて教科書をしまいその波に乗り遅れないよう食堂に向かった。




「わたし食券買ってくるねー」

結局とれたのは真ん中の一番長いテーブル席で、本当は隅っこのテーブルか窓側が良かったけど、いい席はその分競争率も高く食堂についた頃にはもう座られていた。持参のお弁当を広げはじめた友人たちに声をかけて券売機の列に並ぶ。今日は何にしようか、貼りだされたメニューを眺めながら財布の中の一番古い千円札を取り出した。


「千空は今日も日替わりラーメンか!」

喧騒の中から一際大きい声が聞こえ、おのずとそちらの方へ顔が向くと大木くんと石神くんが二人並んで券売機に向かってきていて、急いで前に向き直す。丁度順番が回ってきた、何食わぬ顔で日替わりラーメンのボタンを押した。




見られるわけないのに気にしてしまうのは女の子の性だ。食券を握りしめ受け渡しカウンターの待ち時間に手櫛で髪を整えたり、ご飯を食べる前に意味ないがスカートのポッケからリップを取り出して塗ってみる。
食券と引き換えた日替わりラーメンの今日の味は醤油ベースのようだ。早く食べてくれと言わんばかりに魚介のスープとトッピングのネギのいい香りが胃を刺激する。気前よくつがれたなみなみのスープをトレーにこぼさないようゆっくり席に向かう、ちらりと盗み見た石神くんはやはりこちらを見ているわけなく大木くんと楽しそうに喋っていた。分かっていたけどガッカリしているのは心の端でほんの少し期待してたからだろう、私もいつか石神くんとあんな風に喋ってみたいな。



鱗はとける



いただきます、と手を合わせようやく昼食にありつく。ふうふうと麺を冷まして勢いよくすすった、うん 美味しい!コシのある麺を咀嚼しながら、友人たちの話に相槌をうつ。
入れ替わりの激しい食堂内だ、私たちの横にいた二人組はもう食べ終えたようでトレーをもって立ち上がり空いた席はものの数秒で新しい生徒で埋まった。丸椅子に音をたてて座った人物を見て私はお箸でつまんでいたメンマを落としてしまった。



「ちょうど席が空いて良かった!」
「おーおーそうだな、ラーメンが伸びちまうからさっさと食うぞ」

私の横に大木くんで、その前に石神くん。石神くんが、私の斜め前にいる。こんな至近距離初めてで突然のことに頭がパニックになる。私が石神くんを好きだと知らない友人は固まった私に心配の声をかけてくれる。大丈夫だよと笑ってごまかし、落としたメンマをスープの中から探し出してそれを食べた。さっきまで最高に美味しかったラーメンは今なんの味もしない。ラーメンのすする音が聞こえるたびに、うるさいほど胸が高鳴る。お箸の持ち方が手本のそれで、伏せた瞼を縁取るまつ毛は毎朝マスカラで伸ばしている私より長く見えた。知らない部分を見つけるたびにぎゅうぎゅうと心臓が締め上げられ、見ていたことをバレないよう目の前のラーメンを必死に食べ進めた。


私の残りがあと三分の一くらいで隣からごちそうさまでしたの声が聞こえ、やっぱり男の子は食べるのが早いんだなと感心する。もうこんな近くで石神くんを見れないかもしれない、目に焼き付けようと意を決してもう一度石神くんの方に顔を向けた。




ばちりと合っている目は、石神くんとわたしだ。一秒も満たないそれが何万秒にも感じられる。深紅の瞳がはじめて私を映している、どっと出てくる汗とありえないほど早く打つ心臓。石神くんは左手でトレーを持ち、空いた右手でその形のいい口元をトントンと叩いた。その姿がやけに大人っぽくてここが食堂じゃなかったらその色気で倒れていたかもしれない。それからするりと目を逸らされ大木くんと共に返却口へ向かっていった。
今日のことは絶対に忘れない永遠の思い出にしよう、この爆発しそうなほど嬉しい気持ちはぐっと握りこぶしを作って堪えた。勝手に緩むこの頬のせいか、友人の一人がこちらを覗き込むように見ている。


「口にネギついてるよ」

優しい友人はポケットティッシュを渡すと共にそう言った。あれ、もしかして、さっきのって。フラッシュバックするさっきの光景、―――石神くんはネギがついてるって教えてくれたんだ。はじめて目が合ってすごい幸せだったのに……こんなことってないよ。羞恥心に耐え切れずゴンっと机に頭を打ち付ける、どうしたと驚く友人たちには申し訳ないがなかなか顔を上げることはできなかった。


20200906
title by さよならの惑星


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